音楽的秘想(Xmas短編集)
♪presto in my heart
 初めての感情に、私はとても戸惑っていた。時として、心に訳の分からない熱いものが急に現れたり、消えたり……それが恋だと気付いたのは、この曲に出会ってからだった。

 彼を見ると、私の心臓はこんな風に音を奏でる。曲の背景を調べてみると、メロディーに込められた作曲家の思いが伝わってくるようだった。

 それから後は、容易に想像がつくと思う。私の頭の中のピアノは必ず、彼に関わるとこのメロディーを歌うようになった。鳴り止まない音が静まるのはいつも、彼が目の前から居なくなって何分も経った後だ。

 ピアノ界の巨匠の一人になるだろうと言われている私だけど、たった一つだけ、どうしても勝てない存在がある。同じ学科の佐南敬之(さなみ ひろゆき)、その人だ。

 技術面では圧倒的に私が勝っていると思う。だけど、表現力では彼が遥かに秀でている。私が一番欲しいものを、彼は持っている。

 ──悔しい、と。初めはそう思っていた。



『あんた、ちゃんと楽譜読んでんの?ていうか、“何を考えて弾いて”んの?』



 それは彼の言葉。私に大切なことを気付かせた、彼の言葉。

 ──無心で弾いていたんだ、私は。
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