同期の姫は、あなどれない
 「あ、今のうちに熱帯魚見てくる?」

 そう言われてはっとなる。
 そうだ、私は熱帯魚が見たいっていう理由で来ていることになっていたんだった。

 「はい、少し見てきてもいいですか?」

 「もちろん」

 私は席を立って階段を下りると、大きな水槽の前に立つ。

 店内の淡い照明で照らされた水底が不規則な光を放って、水槽内の緑のレイアウトを幻想的に照らしている。
 じっと見つめていると、自分もその世界に包み込まれているような、不思議な感覚になった。

 私が一目で惹かれたハーフムーンは、変わらずに青と黄色の美しいヒレを翻しながらゆったりと泳いでいる。
 私はその優雅な姿を見ながら、勝手に口実に使ってごめんね、と聞こえるわけはないけれど心の中で謝った。

 ―――そういえばこの熱帯魚は、他の魚と同じ水槽には入れられないんだっけ。

 お店の名前と同じこのハーフムーンは、これから先もずっとこの水槽に一匹だけなのだろうか。

 (……寂しくはないのかな)

 そんなことを考えていると、バーテンダーの高梨さんがちょうど席にお酒を運んでいるところが見えたので、私は慌てて席へと戻った。

 「どうだった?」

 「すごく癒されました」

 「そう?よかった」

 私が席に着くと、高梨さんが私たちの前に順番にグラスを置いてくれた。

 悟さんの前に置かれたビールは淡い黄金色に輝いて、泡立ちの良いきめ細やかな泡がふっくらと乗っている。完璧ともいえるその見た目に、ビールが飲めない私にも美味しそうに見えた。

 「そういえばこの前来てくれたときも飲んでたよね」

 悟さんは、私の前に置かれたオレンジ色のグラスを覗き込む。

 「姫元様が勧められたんですよ。早瀬様の好みをよく把握していらっしゃるのでしょうね」

 「へぇ、樹が?」

 「はい、私カクテルの名前とか全然知らなくて、この前来たときにこれがいいんじゃないかって」

 ふぅんも何か考えるようにしていた悟さんは、私の視線に気づくと何でもないよと笑って、私たちは軽く乾杯をした。

 
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