世界はそれを愛と呼ぶ
「ボク達だいぶ、引っ掻き回したけど〜。相馬は全部、気付くかな?」
「気付くよ。賢い子だもの」
「イチが言うなら、そうか〜」
「……気づいて欲しくはないけどね」
「あら、お兄ちゃんだね」
「それは、君もでしょ」
にこーっと、ふたりで笑い合う。
「過去の罪は消せないけど、未来は変えることができる。僕は僕を許す為に、ここにいるけど……」
蝶が消える。静まり返った暗闇の中、悲しげな横顔。
「イチ」
「ん?」
「そんな顔をしないで。ボクがいるでしょ」
唯一の味方。全てを捨てた、イチにとっての。
「……本当は、君も連れてくるつもりはなかったんだよ?」
「あはっ、でも、ボク、ここにいる!イチの負け!」
イチよりも数歳は年上なはずの祈は、長く美しい髪を纏めたツインテールを闇へ靡かせる。
「さ、イチ!─次へ行こう!」
にこにこ顔の祈に手を差し出されて、美しい月夜、イチは手を取って歩き出す。
家族も、最愛も、何もかも捨ててきた今、イチの使命は弟の道を妨げる全てをまとめて差し出すこと。
「うん、待って、祈」
その為ならば、この生命が尽きても良い。
『─苦しいのかい?これをお食べ』
そう言って差し出して、彼女を犠牲にした自分は。
(黒橋沙耶……)
イチの無知で、善意は悪意に。
彼女の血液は、誰もが喉から欲する黄金へ。
王の為だけに用意された、唯一無二の相手。
たったあの日、運命が重なっただけ。
運命は産まれる前から定められていても、あの日、イチが差し出さなければ、彼女が呑み込まなければ。
あの夜、発作が起きなければ。彼が死ななければ。
彼女が傷つかなければ。自暴自棄にならなければ。
その身を傷つけなければ。
ずっと、家の中で隠され、守られていたとしたら。
─さすればきっと、今、沙耶は相馬の傍にいないのだろう。
唯一無二、相馬に安寧を与えられる運命の存在。
イチの善意が悪意となり、強制的に引き出された唯一の彼女の運命は真っ直ぐに相馬へ辿り着き、それ以外を見ることは、運命にとって許されない。
多くのしがらみに縛られた、御園にとっての、相馬にとっての運命の子。
『─貴方、何に苦しんでいるの?』
心などとうになくしたと思っていたイチに、痛みを自覚させた唯一無二を突き放して、今日もまた。