世界はそれを愛と呼ぶ
「……そんなコソコソ話さなくても、私が黒橋沙耶だよ」
と、沙耶は少し苛立ちを含ませながら、微笑んで、彼らに対して口を開いた。
「今日から2年生。─よろしく」
たった一言。それだけで、顔色を変える生徒。
黒橋健斗をはじめとする、黒橋家の家の存在感。
きっと、彼女は昔からこのように振舞って、ひとりで頑張ろうとしていた。
……だから、自分を追い詰め続けて。
「お父さんだけならまだしも、お兄ちゃん達やハルちゃん達も有名人だから、こうなるよね」
「この学校で色々やってたんだっけ」
「うん。あの容姿で、賢くて、喧嘩でも負け知らずだったからね。この学校のグループは、青龍って言うんだけど……その初代トップは、勇真兄だから。100人相手に、ひとりで素手で戦っても、無傷の伝説を持ってるの」
「無傷?それは凄いな」
「勇真兄曰く、『弱かった』らしいんだけど。噂なんて、尾ひれがつくものだから。ハルちゃんは当時、荒れていた大樹兄を唯一操縦?出来る人だったから、余計に。あんなほわほわしてるけど、昔は防火扉とか凹むレベルで足蹴りしていたからね」
春をそのまま象ったみたいな、柔らかな女性。
優しく、可愛らしい見た目からは想像がつかないが……。
「あと、ハルちゃん、体育はFコースの上位者だったから。なんか色々と黒帯とかも持ってるはずだし」
……人は見かけによらない、ということである。
「ああ、あと、勇真兄は『人の弱点をよく知ってるから。ギリギリでも致命傷にならない箇所も』とも言っていたかな。あの3人から、そんな感じで色んなことを教えられてるから、私も強い方」
「だろうな」
「相馬達がいなくちゃ、私は高校でも柚香とだけ固まっていた生活送ってたと思うな」
「騒がしくなるぞ」
「良いよ。それくらいが。……それくらいが、楽しい」
沙耶はどこか遠い目をして、窓の外を見た。
その今にも消えそうな儚さに、相馬は手を伸ばす。
「?、、相馬?」
「“良い子”になろうとするなよ。他の人の前でそう振舞っても何も言わないから。せめて、俺の前だけは」
そう言って頭を撫でると、彼女は微笑んだ。
「うん」
どこかホッとしたような、力が抜けた微笑み。
それを見て、相馬は心から安堵した。