世界はそれを愛と呼ぶ
第一章 愛の呪い

第1節 決定事項




─この世に産み落とされ、18年が経った。

18歳になったからといって、特段、別に何か生活が変わる訳でも無く、与えられた役目を全うする日々の中で、いきなり、部屋に乗り込んできた姉に青年は目を瞬かせた。

「……おはよう、姉さん」

青年の言葉に小さく頷いた、着物姿の彼女の手には1枚の紙。押し付けるように渡され、素直に受け取る。

「……正気?」

紙に目を通して、一言目の感想はこれだった。
何故なら、そこには【決定事項】という文字と共に、転校と引越しの旨について書かれていたからだ。

「俺、高校に全然行っていないとはいえ、高校三年生……しかも、一学期の終わりがけ。……本気で、これ、今?」

二学期から新しい学校で頑張れるよう、各自準備に励むように!ということが長々と書いてある紙をもう一度読み返してみたが……うん、相馬の認識は間違っていない。

正直、高校なんて片手で足りるくらいしか登校していないのに、転校なんてなんの冗談だ。
学業においてはお釣りが出るくらいには問題なく習得しているし、学校で学ぶことはは大抵、幼い頃に終わってる。

今更、無駄な時間を過ごすくらいならば、家業の方をこなした方が良いと思いながら、高校二年間を惰性的に過ごしてきたと言うのに......今更、転校なんて。

「今、かなり、仕事が立て込んでるんだけど」

机の上に積み上がった書類を指さしながら、相馬は姉を見ると、姉もその書類を見た後、

「私からの命令にもするわ。行きなさい、相馬」

何も感じなかったのか、そう言ってくる。鬼だ。

「今更学校に行って、俺は何を学ぶんだ?」

「あんた、これ以上、知識は必要ないでしょう?」

「その通りだよ。意味ある?これ」

「あるわ」

「何」

「もちろん、仕事を休ませるためよ」

「……はい?」

思わず、聞き返してしまう。何を言っているのか。

「相馬、貴方、まだ若いのよ。高校生なの。高校三年生になっても、仕事仕事って……折角の高校生活なのよ!」

「……」

そう言ってどこか寂しそうにむくれる姉の京子には、生まれや本人の性格のせいで、友人と呼べる存在がいない。

幼なじみを含んでも、片手で事足りるほど、彼女は外界と関わったことがなく、本人も決して好奇心が強かったり、行動力がある方では無いため、一度も外の学校に通うことが無いまま、自宅学習のまま、成人を迎えてしまった。

多くの使用人がいること、優秀な師が与えられること、その他の諸々な理由で、外界とも関われなかった姉。

「……姉さん、別に俺はあいつらがいるし、わざわざ学校に行かなくても楽しいよ?」

「それでも、最後まで高校生として過ごして、卒業して欲しいの。一、二年生の間はちょっと家のことで忙しかったし、そんな余裕なかったけど……桜も学校に通えるようになったし、今が最後のチャンスなのよ」

「……」

その【決定事項】の紙曰く、確かに、幼なじみの瀬戸桜(セトサクラ)が学校に通うため、その補佐のための転校、と、簡潔に書いてあった。

桜は相馬の幼なじみのひとりであり、子供向けの玩具関連で国内トップを誇る名家・瀬戸家の養子だ。
生まれた時、生家の周辺の状況から、身の安全のために、母親の後輩が当主である瀬戸家に養子に出された。

桜の実父は、焔棠京(ケイ)。実母は、焔棠美春(ミハル)。
焔棠家は近年、急激に成長した極道一家であり、桜が生まれた当時、相次ぐ抗争や出張などで一箇所に長時間留まれなかった京が、急遽、養子に出す決断をした。

京の立場は、当時の若頭である焔棠雅(ミヤビ)の弟。
教師としてとある場所で働いていたが、美春と出逢い、状況が色々と変わり、生家へと戻っていた。
桜は形だけ養子に出された後も、瀬戸家に共に避難していた美春の手によって育てられており、桜は外で遊べない代わりに、雅の息子とずっと遊んでいた。

その雅の息子が、同じく幼なじみの焔棠薫(エンドウ カオリ)だ。
遊んでいる中で、自然とふたりは恋人同士となり、婚約を結んだ。血縁上はいとこ同士であったし、互いの両親も否定する理由もない。瀬戸家も祝福していた。

─しかし、桜が14歳の春先。
桜は祖母である焔棠千夏(チナツ)様と散歩をしている際に襲撃を受け、護衛の存在も虚しく、祖母を庇って連れ去られた。その後、数年間行方不明となり……千夏様は孫を守れなかった自身の無力さに苛まれ、寝込むことになる。

愛妻の千夏様のそばに居るため、当時組長だった、焔棠家を急激に成長させた組長の焔棠雪(セツ)は組長の座を辞し、その跡を雅が襲名する。

雅さんは桜の捜索に力を入れていたが、立場上限界もあり、その補佐をするように暴れていたのが、薫だ。
相馬も何度か、その後始末に駆り出された。

─そして、去年の秋頃。
誘拐されてから、2年ちょい。桜は発見された。
記憶の混濁などは見られたが、大きな傷跡も残っておらず、乙女を散らした形跡もなかった。
恐らく、焔棠雪を貶めるため。
─それが、敵の全てだったのだろう。だからこそ、彼の最愛であった千夏様を狙った。しかし、失敗した。
だからこそ、桜は生きていたのかもしれない。


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