世界はそれを愛と呼ぶ


「……」

正直、帰る勇気はまだ全然ない。
色々な感情が心の中で渦巻いては、吐き出すことが出来ずに、時間だけが経過して。

それでも、これを早く伝えたい。
伝えなければ、もっと最悪なことが巻き起こってしまう。

(私がいなくなれば、それで全てが終わるならば)

……それで解決するならば、終わらせてしまうのに。

「……」

スマホを手に取って、頭の中にある番号を打ち込む。
数回のコールの後、

『─はい?』

出た人物は、理解していなかった。仕方がないことだ。
だって、本来のスマホは捨てて、国を出たし。

「もしもし?私。沙耶」
『……』

─相手は、無言になった。

「ちょっと調べて欲しいことがあるのだけど……」
『……お嬢』
「ちょっと、その呼び方やめてって……」
『今すぐ帰ってきてください』
「え?」
『今すぐです。何なら、迎えに行きます』
「え、ちょっ……」
『電話を切らないでくださいよ』

何をする気なのか。いや、分かる。何をする気かは。

「調べてくれないならいいっ!」

沙耶は慌てて、電話を切った。
居場所がバレるわけにはいかないのだ。

「……電話をかける先を間違ったな」

高校の件について、確認しようと思っただけだったのに。高校のことなら、父親に近い人がいいと思ったのが間違いだった。

「…………はぁ」

電話先の彼を思い出しながら、沙耶はため息をこぼす。

「面倒臭いことになる前に帰ろ……」

諦めて、荷物の方を見る。荷物なんて最低限しかないから、本当に今すぐにでも出ていけそうだ。
─まぁ眠いし、疲れているから、今日は寝るんだけども。

明日か明後日には帰ることを予定に入れながら、

「……まだ気持ち固まってないのに」

と、独りごちた。

まだ決められていない。嫌われる勇気がない。
追い出されるのが怖い。傷つけるのが怖い。
─だから、帰りたくなかったのに。

「……っ」

夢のせいか、不安定になってしまった心。
そのせいで止められない、溢れ出す涙。

「やだなぁ、っ、」

泣くことが苦手になったと思っていた。でも、実際は誰かの前で泣くことが不得意になってしまっただけだった。

大切な人たちの大切な人を奪いながら、自分が誰かの前で涙したら、周囲は沙耶を許し、励まし、守るだろう。
実際、幼い頃がそうだった。だから、それが許せなくて。

─その日、沙耶はひとりで泣き続けた。
どれだけ泣いても晴れない心の奥では、未だにあの日の幼い幼い彼女が泣き続けている。





『良い子にするからっ、朝陽(アサヒ)を返して……っっ』




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