世界はそれを愛と呼ぶ
第2節 帰る勇気
「……っ、は………っ、」
ひとり、暗闇の中で飛び起きた少女は自身の手のひらを見つめ、そして、無言のまま、顔を覆う。
息を整えながら、心臓が静まるのを待つ。─最悪な夢。
激しく脈打つ心臓は、今日も自分が生きていることを教えてくれている。
「………………生まれてこなければ、良かった」
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。
息がし辛い。音が煩い。捨て切れない、心が痛む。
生まれてこなければ良かった。
自分が生まれてさえ来なければ、今も皆は幸せだった。
自己嫌悪に苛まれながら、身を起こす。
『産まれてきてくれて、会いに来てくれてありがとう』
(……あんな言葉、私が貰うものじゃないわ)
水のポットを手にして、コップに注ぐ。透明なそれを一気に飲み干して、時計を見ると、午前三時。
約1年間、とある理由でイタリアで過ごし、久々にこの国に帰ってきて、半年程。
自分の足取りが家族に掴まれないよう、ホテルを転々としながら、とあることについて調べていた。
─しかし、そろそろ、この生活も限界を迎えている。
イタリアでは頼れる場所があったから良かったけど、こっちでは自分の貯金が全てだ。そろそろ貯金が尽きそう。
何より、この調査もそろそろ限界だ。
(私がひとりで出来る範囲は、やり尽くした。高校に潜入しようにも、私にはどうしようもない。家に帰るしか……)
中学の卒業式後、無断でイタリアに行ってから長らく。
1度も連絡取ってなけれぱ、帰ってすらいない。
こっちに帰ってきてすぐ、一度は実家の近くに行ったものの、ちょっとトラブルがあり、結局、家に帰るタイミングみたいなものを逃してしまい、この始末。
(正直、家に帰った方がもっと正確な情報を得られる気もするけど……でも、やっと、渡せるかな)
今、世間的には夏休みの時期だろう。入学の手続きがしてあるかは分からないが、学力的には問題ない自信があるから、二年生として、高校に通えるか調べなければ。
「……」
(その前に)
沙耶は小さな机の上に広げていたノートを手に取る。
この一年半、沙耶がずっと持っていたそれは、両親からの贈り物である手帳だった。
誰にも内緒だが、そこには沙耶が隠し撮りした家族の写真が入っている。父と母、兄達……沙耶のいない、幸せに満ちた家族の写真。
それを眺めていると、少し気持ちが落ち着いていく。
自分が彼らの幸せを壊したのに都合が良いと思われそうだが、それでも、沙耶も彼らを大切に思っていて、愛していることは嘘じゃない。
奪ってしまったものを返せない。死んだ人は戻ってこないから。だから、沙耶は自分に出来る範囲でも、彼らに彼らから奪った、彼らの大切な人を返してあげたかった。