世界はそれを愛と呼ぶ
「なんだ?急に失踪した件か?それとも」
「違う違う。過去の話なんかしても、貴方は納得しないでしょう。……私も私を許せないし」
「俺は、お前は悪くないと何度も」
「そうだね。それでもあの日、僕が向こうについて行けば、僕を庇わなければ、貴方は今もお母さんといられた、と、そう思ってしまう。全てを喪った僕は、貴方からも奪い取ってしまったんだ」
「だから、無許可で廃墟へ……?」
すると、彼女は首を横に振った。
「これでも、ここ最近は反省していたんだよ。少しずつ、一人称を“私”にしようと、口調を子どもの頃のように戻そうと、意識するくらいにはね」
「どうして」
「誰かを喪う辛さを、思い出したから」
そう言って俯いた彼女が伸ばした手の先、その指先をそっと救いあげて、櫂は。
「お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも、おばあちゃんも、皆みんな、殺されてしまったあの日─……私が彼らに言われた言葉、今も覚えている。『珍しい血だから、丁重に扱え』─そんなことばかり。そんなくだらない事で、私の家族は殺されてしまった。そんなくだらない事で、私は沙耶も傷付けていた」
沙耶の話が出てきて、この場に彼女がいない理由を考える。そういや、積極的に出てきてもおかしくないのに……なんて、考えていることが筒抜けだったのだろう。
櫂がこちらを見て、小さく首を横に振った。
「お嬢を?」
「うん。─彼女はね、私がどうして狙われたのか、それを知っていたの。そして、同じだからって、その血液をくれていたの。私、頭良くないから、珍しい血なんて言われても、全然ピンと来なくて。調べればよかった。知っておけば良かった。知っていれば、お腹に穴なんて開けなかった。出血多量で死にかける度、私は主に沙耶に生かされていたの」
彼女は泣きそうな顔で笑いながら、
「だからね、もう馬鹿なことは辞める。みんな、これまで迷惑をいっぱいかけてごめん」
そんな彼女を見て、千春は櫂を見る。
「先生と生きていくの」
「うん」
「……そう」
千春はそう呟くと、そっと、彼女を抱き締めた。
「遅いよ、馬鹿」
「フフッ、ごめん。返すね、名前」
「全部返して。見た目も、名前も、話し方も、全部全部─……昔の、茉白(マシロ)に戻って、先生と幸せになって」
「うん。─ありがとう、お兄ちゃん」
そんなふたりのやり取りを優しく見守る櫂は、彼女に何を捧げたのだろう。