「「完全なる失恋だ」」と思っている夫婦ですが、実は相思相愛です!~無愛想な脳外科医はお人好し新妻を放っておけない~
第一章
 ついさっきまで聞こえてきていた、蝉の声がいつのまにか聞こえなくなった。

 ゆっくりと空の色が、青からオレンジに変わってきて、ゆっくりと暗くなってきている。それでも昼間の熱気はそのままだ。

 遠くから、祭囃子が聞こえる。目の前の神社に続く参道には様々な屋台が続いている。浴衣を着ている人もたくさんいて華やかな雰囲気に旅行者の私も、なんとなく胸がはやる。

『今日は地元のお祭りなんです。この辺りでは一番大きなものなので、おかえりになる前に楽しんではいかがですか?』

 旅館をチェックアウトし、見送りの際にそう教えてもらった。うれしい偶然、せっかくなので駅まで回り道してすこし楽しんでから電車に乗ることにした。

 歩き続けると、町はどんどん賑わいをみせて笑顔の人々とすれ違う。

 そういえば、昔私も弟の手を引いてお祭りに行ったな……。今は立派になって、私に旅行をプレゼントしてくれるまでになった。

 私、一ノ瀬美与(いちのせみよ)は弟、与人(よりと)がプレゼントしてくれた温泉旅行でリフレッシュした体でキャリーケースを引っ張りながら、お祭りの雰囲気を楽しんでいた。

 歩行者天国となっている道路は人が多く、キャリーを持ったままだと他の人の邪魔になりそうだ。一本裏道に入って歩き始める。表に比べて細い路地は人が少ないが、できるだけ端っこを歩く。


「わっ」

 急に三毛猫が飛び出してきた。びっくりした私がその猫を目で追うと、ピンクの自転車でこちらに向かってくる女の子に向かっていった。

「危ない!」

 私が声をかけたけれど、猫はもう自転車の目の前だ。

 ガシャンと音がして、自転車が倒れた。女の子が道路に倒れ込む。

 私はキャリーを放り出して女の子に駆け寄って、様子を窺う。

「大丈夫!?」

 女の子の手が自転車の下敷きになっている。慌ててどけた。見た目は小さな擦り傷だけに見える。

「うぅうう……痛い」

 最初は驚いた様子だったが、次第に状況がわかって痛みがでてきたのだろうか。目に涙をにじませた。

「手首、こうやって動かせる? ぐーぱーは?」

 私が手を開いたり閉じたりしてみせたが、女の子は頭を左右に振って涙を流す。

「痛いね。少し端っこに寄ろうか?」

 女の子は頷いたけれど、どうやら腰が抜けて立てないようだ。

「立てないっ、痛いの」

「そっか、お父さんやお母さんは?」
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