スパダリ起業家外科医との契約婚
第十八章 見送り
第十八章 見送り
そんな忙しい日々が過ぎ、英盛がアメリカ出張に行く日がやって来た。
AI基幹システムの正式リリースを数週間後に控え、実際に導入を検討している海外の病院や研究機関と直接商談する必要があるらしい。英盛いわく、「二週間は帰れない」とのことだった。
見送りにいった涼子は、空港ロビーでキャリーケースを転がす兄を見送りながら、やや心細さを覚える。
兄が日本を留守にするというのは、涼子にとっては意外に大きな喪失感があるものだ。まるで家族の最後の砦が遠くへ行ってしまうような不安が湧き、複雑な思いで一杯になる。
「お前、そんなに寂しそうな顔すんなよ。ちょっとアメリカに行くだけだっての」
英盛は笑いながら、涼子の頭をポンポンと叩く。高校生のころと変わらないやり取りに、思わず涼子も苦笑する。
「だって……二週間は長いよ。何かあったらどうしようと思って」
「何かあったら壮一郎に相談すればいいだろ? つーかお前、もう奥さんなんだから、いつまでも頼りなくすんな。あと、桜さんとの詰めの商談も、俺が帰って来たら本格的にやることになる。あいつがどこまで本気で契約に乗り気なのか見極めないとな」
英盛はさりげなく言うが、どうしても桜の名前が出ると涼子は心がざわつく。
あの人は、壮一郎と英盛のビジネスにとって重要なパートナーでありながら、一方で涼子にとっては何度となく不安や苦しみをもたらしてきた存在だ。もっとも、壮一郎とは本当の夫婦になれた今、桜の口出しなどに惑わされないよう強い意志を持ちたいと思っている。
「そっか、帰国したら……桜さん…クラモトホールディングスとの話が決まるかもしれないのか」
そうつぶやく涼子に、英盛は真剣なまなざしを向ける。
「ああ。だから、今回の出張ではそれにも関係する準備もいろいろやらなきゃならない。こっちに戻ったら国内の商談、クラモトホールディングスとの最終調整。大変だけど、うまく行けば大きな事業になるんだ。壮一郎にとっても大きな一歩になるし、病院の評判も高まる。俺たちの夢も現実に近づくってわけさ」
英盛の瞳は希望に満ちている。
涼子はにっこりと笑みを返し、成功を祈る気持ちを込めて「がんばってね」と声を掛けるしかなかった。
搭乗口が近づき、英盛は急ぎ足で向かいながら、くるりと振り返った。
「いいか、涼子。何かあったら遠慮なく壮一郎に言えよ。お前が一人で抱え込むのは……もうやめろ」
兄の言葉には、家族としての優しさがにじんでいた。涼子は「うん」と力強く頷いて、手を振る。
しばらくして英盛の姿が見えなくなる。取り残されたような、漠然とした不安な気持ちを抱えながら、涼子は帰路についた。
そんな忙しい日々が過ぎ、英盛がアメリカ出張に行く日がやって来た。
AI基幹システムの正式リリースを数週間後に控え、実際に導入を検討している海外の病院や研究機関と直接商談する必要があるらしい。英盛いわく、「二週間は帰れない」とのことだった。
見送りにいった涼子は、空港ロビーでキャリーケースを転がす兄を見送りながら、やや心細さを覚える。
兄が日本を留守にするというのは、涼子にとっては意外に大きな喪失感があるものだ。まるで家族の最後の砦が遠くへ行ってしまうような不安が湧き、複雑な思いで一杯になる。
「お前、そんなに寂しそうな顔すんなよ。ちょっとアメリカに行くだけだっての」
英盛は笑いながら、涼子の頭をポンポンと叩く。高校生のころと変わらないやり取りに、思わず涼子も苦笑する。
「だって……二週間は長いよ。何かあったらどうしようと思って」
「何かあったら壮一郎に相談すればいいだろ? つーかお前、もう奥さんなんだから、いつまでも頼りなくすんな。あと、桜さんとの詰めの商談も、俺が帰って来たら本格的にやることになる。あいつがどこまで本気で契約に乗り気なのか見極めないとな」
英盛はさりげなく言うが、どうしても桜の名前が出ると涼子は心がざわつく。
あの人は、壮一郎と英盛のビジネスにとって重要なパートナーでありながら、一方で涼子にとっては何度となく不安や苦しみをもたらしてきた存在だ。もっとも、壮一郎とは本当の夫婦になれた今、桜の口出しなどに惑わされないよう強い意志を持ちたいと思っている。
「そっか、帰国したら……桜さん…クラモトホールディングスとの話が決まるかもしれないのか」
そうつぶやく涼子に、英盛は真剣なまなざしを向ける。
「ああ。だから、今回の出張ではそれにも関係する準備もいろいろやらなきゃならない。こっちに戻ったら国内の商談、クラモトホールディングスとの最終調整。大変だけど、うまく行けば大きな事業になるんだ。壮一郎にとっても大きな一歩になるし、病院の評判も高まる。俺たちの夢も現実に近づくってわけさ」
英盛の瞳は希望に満ちている。
涼子はにっこりと笑みを返し、成功を祈る気持ちを込めて「がんばってね」と声を掛けるしかなかった。
搭乗口が近づき、英盛は急ぎ足で向かいながら、くるりと振り返った。
「いいか、涼子。何かあったら遠慮なく壮一郎に言えよ。お前が一人で抱え込むのは……もうやめろ」
兄の言葉には、家族としての優しさがにじんでいた。涼子は「うん」と力強く頷いて、手を振る。
しばらくして英盛の姿が見えなくなる。取り残されたような、漠然とした不安な気持ちを抱えながら、涼子は帰路についた。