スパダリ起業家外科医との契約婚
第二十七章 彼と兄
第二十七章 彼と兄
自分たちの考えていたシナリオが一瞬にして霧散し失意に沈む桜と伊庭を残して、3人はクラモトホールディングスを後にした。
英盛のオフィスに着くと、スタッフたちが3人を歓声で出迎えてくれた。英盛と壮一郎も、スタッフ一人一人に労いを伝える。今後の件など業務指示を手短に済ませると、「これでよし。さあ、それぞれの報告会といこうか」と英盛が切り出した
英盛の執務室に入ると、テーブルの上には静かに茶器が置かれており、暖かい湯気が立ちのぼる湯呑みが三つ用意されていた。
英盛が手にしたお茶を啜る。壮一郎もスーツの上着のボタンを外し、ソファに深く腰を下ろした。涼子はおずおずと二人を見回しながら、自分も席につく。
「じゃあ、まずは……壮一郎、手術の件から聞こうか」
ふと、涼子の脳裏に「そういえば、壮一郎はすぐに手術を終えて駆けつけたんだ」と気になったことが浮かぶ。桜や伊庭が「そんなに早く終わるはずがない」と驚いていたあの場面だ。
(手術は本当に大変だったはず。しかも父・彦造は危険な状態だったと言うのに、どうしてあんな短時間で……?)
自然と視線が壮一郎に向く。すると彼は気づいたように微笑し、静かに茶を置いた。
「ああ、手術の話か? 父さんの状況は実際厄介だったが、手順を最短にできる方法を準備していたんだ。英盛が“契約時刻までに間に合わないかもしれない”と病院にメールをくれていたから、それを読んで“少し急いだだけ”のことだ……それでもギリギリになってしまったな。すまなかった。」
まるで難しいオペを短距離走のように言う。とはいえ、常識ではありえないレベルの早業だろう。それでも、壮一郎には不可能を可能にするだけの力量がある——涼子は改めて、その底知れぬ才能を実感し、胸が熱くなる。英盛も苦笑しながら言う。
「“少し急いだだけ”って、お前は本当に天才だな。……なあ、涼子?」
涼子はうん、と頷く。まるで夢を見ているかのような一日だったが、天才外科医の超人的な行動が現実を大きく変えたのだと改めて思い知る。
そして話は、英盛がアメリカへ出張した目的へと移っていく。
「最初から、桜のことは信用していなかったんだ。うちの会社を無理やり私物化する気配がありありだったからな。だから、クラモトホールディングスの力は借りずに海外展開できる道はないかとリサーチしてたんだよ。で、それがオライオン・ラボラトリーズだったわけさ」
“世界No.1の医療機器メーカー”を自称するオライオンは、最新のAI技術や大規模データを独自に保有しており、米国のみならず欧州やアジアでも急速にシェアを広げている。英盛は粘り強く交渉し、クラモトホールディングス以上の有利な提携条件を引き出していたのだ。
「桜はそこまで読んでなかったと思うよ。まさか俺たちが更なる大手と連携するなんて。だけど…俺もアメリカ中を飛び回って、ようやくこぎつけられた。あと、壮一郎も日本からメールや電話でいろいろ協力してくれたしな。なあ、壮一郎?」
英盛の呟きには、苦楽を共にした者だけが語れる深みがあった。壮一郎は無言のまま、小さく首を振る。
「いや、英盛の力だよ。俺は父さんの件と伊庭の件で手一杯だったから、大したことはしていない」
壮一郎がこのところ自宅に帰れなかったのは、彦造のことだけではなく、伊庭の不正を調査していたからだったのだ。壮一郎が続ける。
「ただ、桜と秀一が手を組む可能性も、涼子に何かを仕掛けてくることも想定していたが、離婚を迫ってくるまでは想定してなかった。すまない。涼子を一人で苦しめたのは俺たちの落ち度だ。もっと早く説明しておけば良かったな」
壮一郎が珍しくあたまを下げるように詫びると、英盛も「悪かった」と肩を落とす。
涼子は首を振って、みんな忙しかったのだと思い返す。
自分だけが傷ついているのではなく、壮一郎も英盛も命を削るように動いていたのだから、責める理由は何一つない。
(そっか……だから昨日の夜も、壮一郎は忙しい中、わざわざ家に帰ってきたのかもしれない。私のことも案じて……)
桜と伊庭が手を組むという発想自体が、壮一郎や英盛の頭には早くからあったのだ。
だからこそ涼子を守るためにも色々気を遣ってくれていたと分かり、また胸が熱くなった。
自分たちの考えていたシナリオが一瞬にして霧散し失意に沈む桜と伊庭を残して、3人はクラモトホールディングスを後にした。
英盛のオフィスに着くと、スタッフたちが3人を歓声で出迎えてくれた。英盛と壮一郎も、スタッフ一人一人に労いを伝える。今後の件など業務指示を手短に済ませると、「これでよし。さあ、それぞれの報告会といこうか」と英盛が切り出した
英盛の執務室に入ると、テーブルの上には静かに茶器が置かれており、暖かい湯気が立ちのぼる湯呑みが三つ用意されていた。
英盛が手にしたお茶を啜る。壮一郎もスーツの上着のボタンを外し、ソファに深く腰を下ろした。涼子はおずおずと二人を見回しながら、自分も席につく。
「じゃあ、まずは……壮一郎、手術の件から聞こうか」
ふと、涼子の脳裏に「そういえば、壮一郎はすぐに手術を終えて駆けつけたんだ」と気になったことが浮かぶ。桜や伊庭が「そんなに早く終わるはずがない」と驚いていたあの場面だ。
(手術は本当に大変だったはず。しかも父・彦造は危険な状態だったと言うのに、どうしてあんな短時間で……?)
自然と視線が壮一郎に向く。すると彼は気づいたように微笑し、静かに茶を置いた。
「ああ、手術の話か? 父さんの状況は実際厄介だったが、手順を最短にできる方法を準備していたんだ。英盛が“契約時刻までに間に合わないかもしれない”と病院にメールをくれていたから、それを読んで“少し急いだだけ”のことだ……それでもギリギリになってしまったな。すまなかった。」
まるで難しいオペを短距離走のように言う。とはいえ、常識ではありえないレベルの早業だろう。それでも、壮一郎には不可能を可能にするだけの力量がある——涼子は改めて、その底知れぬ才能を実感し、胸が熱くなる。英盛も苦笑しながら言う。
「“少し急いだだけ”って、お前は本当に天才だな。……なあ、涼子?」
涼子はうん、と頷く。まるで夢を見ているかのような一日だったが、天才外科医の超人的な行動が現実を大きく変えたのだと改めて思い知る。
そして話は、英盛がアメリカへ出張した目的へと移っていく。
「最初から、桜のことは信用していなかったんだ。うちの会社を無理やり私物化する気配がありありだったからな。だから、クラモトホールディングスの力は借りずに海外展開できる道はないかとリサーチしてたんだよ。で、それがオライオン・ラボラトリーズだったわけさ」
“世界No.1の医療機器メーカー”を自称するオライオンは、最新のAI技術や大規模データを独自に保有しており、米国のみならず欧州やアジアでも急速にシェアを広げている。英盛は粘り強く交渉し、クラモトホールディングス以上の有利な提携条件を引き出していたのだ。
「桜はそこまで読んでなかったと思うよ。まさか俺たちが更なる大手と連携するなんて。だけど…俺もアメリカ中を飛び回って、ようやくこぎつけられた。あと、壮一郎も日本からメールや電話でいろいろ協力してくれたしな。なあ、壮一郎?」
英盛の呟きには、苦楽を共にした者だけが語れる深みがあった。壮一郎は無言のまま、小さく首を振る。
「いや、英盛の力だよ。俺は父さんの件と伊庭の件で手一杯だったから、大したことはしていない」
壮一郎がこのところ自宅に帰れなかったのは、彦造のことだけではなく、伊庭の不正を調査していたからだったのだ。壮一郎が続ける。
「ただ、桜と秀一が手を組む可能性も、涼子に何かを仕掛けてくることも想定していたが、離婚を迫ってくるまでは想定してなかった。すまない。涼子を一人で苦しめたのは俺たちの落ち度だ。もっと早く説明しておけば良かったな」
壮一郎が珍しくあたまを下げるように詫びると、英盛も「悪かった」と肩を落とす。
涼子は首を振って、みんな忙しかったのだと思い返す。
自分だけが傷ついているのではなく、壮一郎も英盛も命を削るように動いていたのだから、責める理由は何一つない。
(そっか……だから昨日の夜も、壮一郎は忙しい中、わざわざ家に帰ってきたのかもしれない。私のことも案じて……)
桜と伊庭が手を組むという発想自体が、壮一郎や英盛の頭には早くからあったのだ。
だからこそ涼子を守るためにも色々気を遣ってくれていたと分かり、また胸が熱くなった。