冤罪令嬢は孤独な魔術師に愛される~私の魔力を奪ったのは誰?~【1話だけ大賞】
1話
ティナ・セルラトは、エイリー公爵家が開いた夜会に参加していた。
隣にいるのは、この国の第一王子アルフォンス・アズモンド。
夜会の後、アルフォンスとの婚約解消についてもう一度話した方がいいかもしれない。そんなことを考えながら、彼の隣を歩く。
ティナはセルラト侯爵家の第三子。
涼やかなラベンダーの瞳を持つ十七歳。透き通る銀色の髪を大きく編み込み一つにまとめて、なめらかな白い肌を包んでいる水色のドレスがよく似合った。
ティナは防衛魔術を専攻しており、魔力の膨大さから十三歳の頃に第一王子の婚約者に選ばれた。
しかし……このひと月の間にティナは魔力を急速に失っていた。
ティナは、魔力を失っていることをアルフォンスに正直に報告し、同時に婚約解消を申し出た。自身が魔力量で選ばれたことを知っていたから。
しかしアルフォンスは承諾しなかった。
何か原因があるのではと調べたり、魔法局に魔力を計測をさせ続けた。
ところが魔力は復活するどころか、泉が枯れるように日に日に失われていった。
未来の妃として行っていた業務に支障が出るほどになり、ティナの魔力の減少は周りにも広まり始めていた。
アルフォンスは優しい。
今夜も彼は変わらず、ティナを大切にしてくれている。
誰もが憧れる美貌と地位があるが、決してそれを鼻にかけることもなく、穏やかな物腰でいつも接してくれる。
幼い頃に決められた結婚で、ティナはまだ初恋もわからないが、このままアルフォンスと結婚し、穏やかな夫婦になるのだと思っていた。
しかしこの国で魔力は何よりも重視される。こんな自分は王妃にはふさわしくない。
そう感じたティナはこの夜会の後に婚約の解消を再度伝えるつもりだった。
「アルフォンス殿下、少し夜風に当たってきてもよろしいでしょうか」
「顔色がよくないね。私も一緒に行こう」
「いえ、新鮮な空気を少し吸うだけで大丈夫ですから」
「そう? 無理をしなくてもいいよ。戻ってくるのも急がないでいいからね」
「ありがとうございます」
ティナはひとり、華やかな会場を抜けバルコニーに向かう。
バルコニーから夜の庭を眺めていると、背後から声をかけられた。
「ティナ様、本日はお越しいただきありがとうございます」
声をかけてきたのは、今日の主催者の娘であるベレニス・エイリー。
柔らかい微笑みを向けられて、ティナも笑顔を返す。
「ひと月ぶりですね、ベレニス様。本日はお誘いいただきありがとうございます」
「ティナ様の顔色が真っ青でしたので気になりまして……ご気分、すぐれないのですか」
「ごめんなさい、人が多い場にいるといつも酔ってしまって」
「手を取らせていただいてもよろしいですか。きっとすぐに良くなりますから」
「ええ、ありがとう」
ベレニスの好意にティナは素直に手を差し出した。ベレニスが両手でティナの手を優しく握ると、優しい光が溢れ始める。回復魔術だ。
しかし……その光はどんどん強くなっていく。
目を開けていられないほどに……!
あまりの眩しさにティナも思わず目をつむった。
同時に、手の平から何かが身体を這うように上がっていくのを感じて、その不快さに声が小さく漏れる。
光が一層強くなり、大きな破裂音がして、ベレニスが鋭く叫んだ。
「きゃーっ!」
ティナが眩しさから解放されて、目を開いたときにはベレニスは息を荒く吐きながら倒れていた。
ベレニスの白い首から胸元にかけて血がドクドクと流れ、山吹色のドレスを赤に染め上げていく。
ティナは唖然としながらも、慌ててベレニスに駆け寄ろうとする。
「ベレニス様……っ!」
「触らないでっ!」
ベレニスの鋭い叫び声に、ティナはその場に縫い付けられたように動けなくなる。
(一体なにが起こったの……⁉)
ティナが状況を掴めないうちに、叫び声を聞いた来客がなだれ込んできた。
ベレニスの状態を見てから、怪物でも見るかのようにティナを睨む。
「何があったんだ!」
アルフォンスも飛び込んできて、信じられないといった顔でティナを見つめる。
「ティナ様が……私から魔力を奪おうと……」
息絶え絶えにベレニスは声を絞り出す。
「ひとまずベレニス嬢を医局へ!」
アルフォンスの声に、その場にいたゲストがベレニスを浮遊させ運んでいく。何人かのゲストが彼女に付き添って行った。
ベレニスが去り、集まった人間の目線がティナに突き刺さる。
「ティナ様がベレニス様から魔力を?」
「そういえば彼女は最近魔力を失っていたらしい」
「だからって人から奪うだなんて……」
「私は前から彼女はアルフォンス様にはふさわしくないと思っていたのよ」
「魔力量だけが取り柄でしたからね」
(ち、違う……私はなにもしていないわ……!)
人々の非難の声がティナに向けられる。
真っ青な顔をしたティナは唇を震わせたまま、何も返すことができない。
ティナにも何が起こったのか、わかっていないのだ。
ただ、ベレニスに治療をしてもらおうとしただけで、ティナ自身はなにもしていない。
けれど……ティナを取り囲む人々の表情から、そのいいわけは通用しないのだとわかる。
「ティナ」
アルフォンスの声が聞こえた。
今までずっと一緒にいたアルフォンス。いつも優しくてティナを大切にしてくれていた。魔力がなくなっても婚約を続けてくれていた。
しかし……振り向いたティナが見た、アルフォンスの表情は……。
アルフォンスは青ざめ、その目には動揺と失望が同居していた。
「ティナ……君が悩んでいたことは知っている。だけど……まさか、こんな……」
「殿下、違います、私は……」
ティナはそう言うのが精一杯だった。喉はカラカラに乾いていてうまく言葉も出てこない。
――この国は魔力を重視する。それ故に魔力を奪うことは重罪だ。
ベレニスの証言、光と音、叫び声、魔力の核がある首元が血に濡れていて、目の前には立ち尽くしていたティナ。
状況証拠もあれば、以前からティナが魔力の減少について悩んでいたことはアルフォンスだけでなく、周知の事実だった。
「もういい……」
「アルフォンス様っ! 私はやっておりません……!」
ティナの悲痛な叫びにアルフォンスは顔をそらす。
「こんなに証拠があるのに、言い訳をするなんて!」
「こんな方が未来の王妃候補だったの?」
「魔力を奪う人なんて初めて見たわ、怖い……」
「恐ろしいわね」
ざわざわと非難の声があがりつづける。
「なんの騒ぎだ」
低い声が聞こえた。
人がさっと道を作り、現れたのはアズモンド王国国王だった。
「ティナ様が、ベレニス様の魔力を奪おうと危害を加えました」
すぐに一人の貴族が駆け寄り、国王に報告する。
ベレニスの証言や、状況証拠などを話すと国王の顔はみるみる赤くなる。
そして、バルコニーの血だまりを見て、ティナを厳しく睨みつけた。
「未来の娘だと思って、貴女にはよくきたつもりだったが……まさか、こんな悪女だったとは……まさか魔力を奪おうとするなど……!」
国王が嘆いたところで、王妃が隣に並び立ち、ティナを汚らわしいものを見る目で見つめる。
二人はいつもティナに親切で優しかったはずだった。
一瞬で二人の信頼を失ってしまったのだとわかる。
「陛下。私は誓って、危害などくわえておりません」
「黙れ……!」
低い震える声がとどろいた。ティナの身体がびくりと震える。
「これだけの証拠や証人がそろって、まだ言い逃れをするつもりか! 恥ずかしいと思わないのか!」
他のゲストも、冷ややかにティナを見ている。
バルコニーに、ティナとベレニス以外の人間はいなかった。説明してくれる人などいない。
国王はアルフォンスをちらりと見た。
「もちろん婚約も破棄だ」
「父上……」
アルフォンスがティナを見た。
その瞳には少し同情が浮かんでいる。長年共にいた情けが顔を出したのかもしれない。
「ティナ・セルラト。魔力を奪う目的での殺人未遂。これは重罪だ。沙汰はおってくだす。捕らえろ」
国王の容赦のない声に、取り巻きの騎士がティナの身体を拘束する。
(このまま投獄されれば、罪が確定してしまう……!
だけど……)
しかし、今無罪を主張しても、より心証が悪くなってしまうだけだ。
ティナは唇を噛んで、なんとかこらえた。
かしゃりと音がして、両手にしっかりと手枷がはめられた。
「ふふ、いい気味よ」
「魔力だけで婚約者に選ばれたものね」
「その魔力も人から奪っていたんだわ」
「まあ、恐ろしい」
「悪女の化けの皮がはがれてよかったわ」
(私はベレニス様を傷つけてなんていない……!)
しかし、罪からは逃れられない。
程度によっては死罪もありうる。よくて終身刑だろう。
ティナはほんの少し考えて、息を吸った。
「……アルフォンス殿下。これは私の一存で、私の家族は何も関与しておりません。どうか家族については……」
ティナの震えた声を聞き、アルフォンスは大きく顔を歪ませて「わかった」とだけ小さく言った。
ティナは彼の優しさをよく知っている。セルラト家のこともずっと大切にしてきてくれた。彼がわかったと言ってくれるなら、家族はきっと大丈夫だろう。今はそうやって自分に言い聞かせるしかなかった。
「連れていけ……!」
まわりの嘲笑を一身に受けて、ティナはエイリー家の屋敷の外にでた。
(一体私はこれからどうなるのだろう……)
これがすべて夢ならばいいのに……と広い庭園を、一歩ずつ震える足を進める。
騎士に囲まれながら、外階段を降りようとする。
「ほら、さっさと歩け!」
騎士に強く引っ張られて、ティナは足を踏み外した。
「あ……」
ティナはバランスを崩して階段を転がり落ちた。そして、騎士とティナを繋いでいた鎖が切れて――。
***
「んん……」
眩しい日差しにティナは目を覚ました。
白いシーツのベッドのなかで、どうやらここで眠っていたらしい。
まばたきをしてぼやけた視界を追い払うと、むすりとした顔がティナを覗き込んでいた。
(黒髪に金色の瞳の男性……まるで黒猫みたい……。それよりも、どなた……?)
ティナは目の前に現れた顔に数秒ぼんやりしていたが、徐々に記憶を思い出した。
(私は罪人となり連行されようとして……その後の記憶がない。ここは……っ⁉)
弾かれたように上体を起き上がらせ、ベッドを這い出ようとする。
「落ち着け」
肩に大きな手を置かれて、ベッドに戻される。ティナは黒髪の男性をしっかりと見た。
黒い髪の毛は無造作で、白衣にシャツとパンツというラフな格好。
ティナを見る金色の瞳がやや釣りあがり、整った顔立ちの男だ。
ベッドの隣には小さな丸椅子を置かれていて、彼はそこに座っている。
「あの、あなたは……それから、ここは?」
ティナは部屋を見渡してみる。木造の家で、ベッドと机だけのシンプルな部屋だった。
次に自分の身体を確認する。夜会に参加したドレスではなく、男物のシャツと羽織物がかけられてる。
そして夜の記憶を思い出す。投獄されることになり、階段から落ちて。
それから……?
(もしかしてここは監獄なのかしら)
腕を確認してみるが、手枷は外れているし、足枷もない。
部屋の扉はごくごく普通の扉で、厳重な鍵がかけられている様子はなかった。
「俺こそ、あんたが誰が聞きたいけど……あんた、二日も眠り続けたし」
男は眉を寄せて、呆れを含んだ視線をよこした。
「ここは監獄ではないのですか?」
「助けた人間の家を監獄扱いとは失礼な女だな。まあ見たところ、貴族だろうから? こんな家は監獄に見えるかもしれないが」
「ち、違います……! 私、投獄される寸前で……そこから記憶がないのですが、あなたが助けてくださったんですか?」
ティナが弁解すると、男は険しい顔になる。
それもそうだ、彼は罪人だと知らず、匿ってしまったことになる。
「も、申し訳ございません。すぐに出て行きます!」
青ざめたティナに男は苦笑する。
「いや、咎めてるわけじゃないから。落ち着けって。とりあえず名前は?」
「失礼しました。私はティナ・セルラトと申します」
「セルラト家……? あんた、記憶失う前なにしてた?」
「エイリー家の夜会に参加しておりました」
「エイリー家……。もしかしてあんた王都にいたのか……?」
「ええ、そうです」
男は難しい顔をしてしばらく考え込んでから、顔をあげた。
「まあ、細かいことはいいか。――俺はクロード。二十歳。それで、ここはレチア村の外れ。王都から一週間はかかる場所だ」
***
クロードによると。
二日前の夜。クロードは自宅の暖炉に火をかけて、大きな釜で調合薬を作っていた。
作り終え、冷えてから瓶詰めしよう、と釜の前で待っていたところ。
突然大きな煙がひとつ立ち――現れたのがティナだった。ティナのかわりに先程まで釜の中に存在した琥珀色の液体は消えていた。
現れたティナは息はしているものの、まったく動かず、目覚めない。
どうすることも出来ず、ひとまずここで寝かせていた、ということだった。
「つまり私は王都から転移をしてしまったのですか?」
「そうなるが……王都からここまでの転移の魔術なんて、よほどの魔力がないと無理だぞ。魔法局の人間でもできるかどうか。ところで、あんた俺の知り合いってわけじゃないよな?」
クロードにのぞき込まれると、薬草の香りがする。
ティナはどぎまぎしながらもうなずいた。
「はい。私もクロード様にお会いしたことはないかと……」
「俺は普通に調合薬を作っていただけで、あんたを呼び寄せたわけでもないし。あんたも別にここに来たいと願ったわけじゃないよな?」
「ええ。ただ追い詰められていたので、どこかに逃げだしたいという気持ちがあったのかもしれません」
「それでこんな僻地に? そういえば、監獄とかなんとか言ってたな。なにがあったんだ?」
ティナの心臓がどきりと音を立てる。
迷惑をかけているのだから正直に話すしかない。けれど、あのときの皆の目を思い出すと恐怖が勝つ。
親切そうなこの男性にも軽蔑の目を向けられるかもしれない。
しかし彼が何も知らずに罪人を匿ってしまうことになるのは避けたい。
ティナは魔力が徐々に減少したこと、夜会で起きた事件についてすべてを話した。と言っても、ティナも何が起きたのかわからないことの方が多いのだが。
「へえ? 魔力を奪う、ねえ」
クロードは話を聞いても疑いの目をティナに向けることはなかった。
そればかりか面白そうに目を輝かせている。
彼は立ち上がると、机の引き出しから何かを取り出した。
「それは……」
「ああ、そうか。あんたも見たことあるか」
クロードの手に握られているのは魔力測定器だ。量りのような見た目で、魔力量をはかることができるのだが……。
魔法局で厳重に管理されているもののはずだ。
(なぜ個人の家にこれが……?)
疑問を感じるティナの隣でクロードはティナの魔力をはかりおえた。
「魔力まったくないな。ゼロ。あんた、ほんとに第一王子の婚約者だったの?」
「ゼロ? まったくなくなってしまったのですか……⁉」
「ふーん。そういうことね。それで首にあれが……」
測定器を床に置いたクロードはティナの横に腰かけた。
クロードの重みで、ベッドがずしりと沈む。
そして、クロードはティナの首筋に手を伸ばした。冷たい指にそっと首を撫でられて、ティナは驚きで目を瞑る。
「違うから」
笑い声が聞こえて見上げるとクロードは口端を吊り上げていたずらな笑みを浮かべている。
「何かされると思った? お嬢様」
「…………!」
「遊んであげてもいいけど……そうじゃなくて、これ」
ツツ、と指が移動して、ティナはくすぐったさに身をよじる。
そして、違和感に気づいた。
「自分でもわかった? あんたの首に何かが埋め込まれてる」
クロードの指が到着した場所に何か異物がある。
クロードはティナに手鏡を渡した。
確認してみると、ティナの白い首筋。右耳の下あたりに胡桃ほどの大きさの黒いものが埋まっていて、半分顔を出している。
「これは……?」
「自分で埋めたわけじゃないよな?」
「ええ。初めてみました。これはなんなのでしょうか」
ティナは黒い塊を触ってみる。硬くて、ごりっとした感覚だ。
「これは魔力を奪う種。種っていうのは俺が勝手に呼んでるだけで実際にそれがなんなのかはわかんないけど」
突然クロードが白衣を脱ぎはじめ、シャツのボタンまで開ける。
男性の着替えなど見たことのないティナが真っ赤になるが、お構いなしだ。
「ほら、ここみて」
促されて、彼が指さす部分を見る。
クロードの太い首筋があらわになり、そこにひきつれたような赤黒い痣が見えた。
「俺も昔ここに埋められていた。俺は魔力をすべて失われるまでに無理やり種を取ったから、あんたみたいにゼロってわけじゃないけど」
「クロード様もこの種を……?」
「そう。この種を使って、あんたの魔力を奪った人間がいる。と、俺は思う」
ティナは思わず口を手で覆った。
このひと月の間に急速に消えてしまった魔力。
それは誰かが仕組んだものだった……?
「ですが、この国では魔力の譲渡もその研究も認められていません。奪うだなんてもってのほかです」
「だろうな。俺も、この種を埋められた人間を一人しか知らない。それは俺自身だ。そして今、二人目が現れた」
「私、ですか」
「うん。ということは、俺が無意識にあんたを呼び寄せたかもしれないな」
クロードはそう言って軽く笑った。笑うと目が線のようになり、ますます猫みたいだ。
「これからどうするんだ?」
クロードの金色の瞳に見つめられて、ティナは口ごもる。
身に覚えのない魔力を奪った罪で投獄されそうになり、さらには知らない男性の家にいる。
突然の状況に戸惑うしかできなかったが、これからどうしていくか考えないといけないのだ。と
「やってもいない罪を償うために王都に戻るのか?」
「それは……」
「俺は、五年前に俺の魔力を奪ったものをずっと探してた。種に関する文献もないし、同じ例もひとつして見つからなかった。
―—そこにあんたが現れた。俺はこの機を逃したくない」
「ですが、私は罪人とされ追われる身です。ご迷惑をおかけしないでしょうか?」
ティナの言葉に、クロードを軽く笑い飛ばした。
「冤罪は晴らしたらいいだけだろ?
それにあんたが巻きこまれた事件、種が関係している気がする。俺が五年間ずっと掴めなかったものがみえた気がする」
「冤罪を晴らす……」
ティナはあの夜。諦めてしまっていた。
まわりに疑いの目を向けられ、状況証拠から逃れられないと思っていた。
(だけど、冤罪を晴らすことができる……?)
「まあ、冤罪を晴らすってなると、王都の情報を掴みにいかないといけないわけだし? 危険な目にはあうかもな。
ここから逃げて、どこかの町で働くっていう手もある。そっちのが安全かもな?」
この国の端にあるルチア村。王都からは一週間はかかる。まだ追っ手はこないだろう。逃げることだってできる。
「あんたはどうしたい?」
真剣な目に見つめられて、ティナは夜会での出来事を思い出していた。
何もしていない。むしろ魔力を奪われたのはティナだ。
誰かから魔力を奪うわけがない。
それなのに糾弾され、信じていたアルフォンスも含めて軽蔑の瞳で見られた。
(けれど、私はやっていない……!)
「ぜひ、お願いします……! 私は絶対にベレニス様を襲ってもいませんし、魔力を奪ってもいません。一緒に種を解明しましょう」
震える声で思いを吐露すると、クロードは唇を吊り上げた。
罪を晴らす。
自分にそのようなことができるだろうか。
(私は、罪など犯していない。
後ろ指をさされることなどしていないのだ。真っすぐ立とう、自分の誇りのために)
ティナは強く決意した。
諦めない。絶対に罪を晴らす。
「うん、いい瞳だ」
クロードが金色の目を細める。
「よし。あとであんたの部屋も用意するから。あ、ここは俺の部屋だから」
「ここに住んでもよろしいのですか?」
「行く宛があるわけ?」
「いえ……。本当に、何から何までありがとうございます。そして信じていただいてありがとうございます」
ティナは頭をさげると、頭上から軽い声が聞こえてくる。
「んー、夜会の件は俺もよく知らないし? あんたも深く考えなくていいよ。俺にとってもこれはチャンスで、俺とあんたは利害が一致してるだけ。迷惑をかけたとか思わなくていいし、逆に俺に過度な期待をされても困る」
なんでもないように聞こえる口調が、傷ついたティナの心に染みわたる。
「それじゃ、家でも案内しますか。セレスト家のお嬢様には牢獄みたいな家だと思いますけどね」
「それはそういう意味ではありませんよ!」
「はは、わかってるって」
ティナはベッドから出て立ち上がろうとしたのだが。
ティナの足はもつれ、盛大に転んでしまった。
「あー、たぶん魔力を一気に失って、体のバランスがおかしなことになってるな」
「わ……っ⁉」
クロードはティナの左腕を掴んでもちあげると、そのままティナを抱き上げた。
「暴れるなって」
「で、ですが……!」
「ほら、俺の首に腕を回す力くらいあるか?」
クロードはティナの腕をとって自分の首に回した。
薬草の匂いがふわりと香り、ティナはどこに視線を置いていいのかわからない。
「力入らないだろ、胸によりかかっていいから」
大きな手に導かれて、ティナの頬はクロードの胸元に着地した。
異性とこれほど近づいたことはないティナの心臓が大きく音をたてる。
「あの……」
おろしてほしい、と言いたいティナは顔を上げるが、
「ん?」
端正な顔が目前まで近づき、抗議はしないことに決めた。
クロードはティナを軽々と部屋の外に運ぶ。
二階は三つ扉があり、こじんまりとした家だ。そのうちのひとつをティアの部屋にするとクロードは言った。
一階は大きなリビングルームが一つあり、キッチンも併設されている。
一番に目に入ってくるのは、ティナが召喚されたらしい大きな暖炉。暖炉の前にはロッキングチェアがあり、近くに魔術書が積み重なっていることから、クロードが普段そこに座っていることがうかがえる。
壁には本棚がいくつも並んでいて、数えきれないほどの魔術書。
部屋のまんなかに置かれた長机には、瓶やビーカーが大量に置かれ、そのどれもに緑や赤の液体が入っている。
天井からぶら下がった籠には薬草や道具が詰め込まれていて、床には本棚に入りきらなかった本が無造作に積まれている。物がかなり多く、あまり明かりのない小さな部屋だ。
「見ての通り小さい家だけど、しばらくの間よろしく」
クロードは抱き上げたまま、ティナの顔を覗き込んだ。
額と額がくっついてしまいそうなくらい、近い。
「よろしくお願いします」
こうして二人の期間限定の同居生活は幕をあけた。
誰がティナの魔力を奪い、ティナに罪を着せたのか。
二人に共通する種とはなんなのか。
生活を共にしながら、二人は罪を晴らし、自分の誇りを取り戻すために進んでいく。


