お隣さんに雇われました

そして始まる関係

 智絵里への想いを諦めたいが諦めきれない海斗。そして海斗への想いを自覚した智絵里。だが二人はそう会うことはなかった。部屋が隣同士で簡単に会うことは出来るのだが、会えない……会わない日々が続いた。お互い会う決心がつかなかったのだ。
 しかし、八月下旬のこと。
(まだ暑いなあ……)
 智絵里は定時で仕事を終え、帰っている最中であった。
「あれ? ……もしかして桜庭さん?」
 不意に声を掛けられた智絵里。
 声の方を見ると、スーツ姿の男性がいた。
「えっと……」
 智絵里は必死にその人物を思い出そうとしている。
「あれ? もしかして忘れたの? 宮原(みやはら)だよ。宮原(りょう)。ほら、大学と修士の時研究室が同じだった」
「ああ……宮原くんか」
 名前を言われてようやく思い出した智絵里である。
「やっと思い出してくれた。それにしても、大学院卒業以来だな。三年ぶりか」
 遼の表情がパアッと明るくなる。
「うん、久しぶりだね。宮原くんは確か化学メーカーの研究職だっけ?」
 へにゃりと笑う智絵里。久々に知人に再会し、少し気分が明るくなった。
「そうそう。桜庭さんは薬品メーカーの研究職だったよね?」
「うん。よく覚えてるね。他のメンバーとは連絡とか取ってるの?」
「いや、全然」
 遼は苦笑した。
「だよね」
 智絵里もクスッと笑う。
 その後少し談笑し、遼からあることを切り出される。
「あのさ、桜庭さん。この後暇なら二人で飲みに行かない?」
 若干照れたような、下心がありそうな笑みの遼。
「あ……」
 智絵里の表情が曇る。
 そして不意に海斗の姿が脳裏に浮かぶ。
「どう?」
「……ごめん、飲みに行く気分じゃないし」
 やんわりと断る智絵里。
 しかし、遼はそんな智絵里の手を掴む。
「いや、ちょっとでいいからさ」
「やめて、放して」
 智絵里は表情を歪めた。





ーーーーーーーーーーーーーー





 一方、海斗はアルバイト先のラーメン屋で片付けをしていた。
「進藤、もうお前時間だろう? 上がっていいぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
 海斗はラーメン屋の店長にそう言われ、仕事を切り上げる。
「お疲れ様です」
 ラーメン屋の制服を脱いだ海斗はラーメン屋を後にする。
(昼間よりマシとは言え、暑いな)
 海斗は夏の夜風に当たりながら自宅マンションへと向かっていた。
(にしても、飲食バイトも慣れたら何とかなるもんだな)
 ドタバタと忙しく最初は大変だったが、今は何とか慣れてマシになっている。最初よりも疲れはあまりなかった。
 そして歩いているうちに、ある光景が目に飛び込んでくる。
(あれは……桜庭さんだ)
 智絵里だった。そして智絵里の隣にはスーツ姿で智絵里と同じくらいの年齢の男性ーー遼がいる。
(彼氏……なのかな? やっぱり大人の男じゃないと釣り合わないか……)
 海斗が落ち込んでいたその時、異様な空気になる。
「いや、ちょっとでいいからさ」
「やめて、放して」
 遼が智絵里の手を掴んでいた。智絵里はそれを振り払おうとしている。
(え……? 桜庭さん、嫌がってる? じゃああれは彼氏とかじゃなさそうか?)
 いつの間にか海斗は体が動いていた。
「智絵里さん!」
 海斗は急いで智絵里の元へ向かう。
「海斗くん……!」
 智絵里は少しホッとしたような表情になった。
「智絵里さん、行きますよ」
 海斗は智絵里の手を握り、走ってその場から離れるのであった。後ろで遼が何か言っているが無視して智絵里と走る。

「すみません、大丈夫ですか?」
 しばらく走った後、息を切らしている智絵里を気遣う海斗。
「ううん、平気。ありがとう」
 智絵里はへにゃりと笑う。アンニュイな感じでどことなく猫っぽい雰囲気である。
「ほんとすみません、いきなりあんなことして。しかもいきなり下の名前名前呼んで……桜庭さんが困ってたみたいだからその……」
 海斗はしどろもどろになりながら弁明している。
 その様子に智絵里はクスッと笑う。
「気にしなくていいよ。むしろ、助かった。あの彼は大学と大学院時代の研究室の同期でね。少ししつこく飲みに誘われて困ってたんだ。海斗くん、ありがとね。何か久々海斗くん見たらホッとしちゃった」
 脱力したような笑みになる智絵里。
「それは……良かったです」
 海斗は少し照れながら智絵里から目を逸らす。
(今なら俺の気持ち伝えられるんじゃないか……?)
 少し大胆なことをした勢いで、海斗は勇気が出ていた。
「あの、桜庭さん……俺、桜庭さんのことが……好きです」
 海斗は真っ直ぐ智絵里に自分の想いを伝えた。
「え……」
 智絵里は海斗の言葉に固まる。
「まあ、桜庭さんから見たら俺なんてまだガキかもしれないですが……」
 海斗は少し目を伏せて苦笑する。
「そんなこと……ないよ。さっきの海斗くん、凄くカッコよかった」
 智絵里はほんのり頬を赤く染めて微笑む。
「それにね、私も……最近気付いたの。海斗くんが好きなんだって」
 その言葉に、海斗は目を大きく見開く。
「桜庭さん……それ……本当ですか? ……冗談とかじゃないですよね?」
 若干海斗の声は震えていた。
「冗談じゃないよ。海斗くん、私より年下なのに凄い頼りになるし、料理も美味しいし、話してて落ち着くし……。だけど、私みたいな年上がまだ若い海斗くんの時間奪うのは何か申し訳なくて……それで家事代行のバイトを解雇しちゃったんだ」
 智絵里は後半自信なさげに苦笑する。
「俺は……家事代行バイトとは言え、桜庭さんと過ごした時間が凄く大切でした。桜庭さんが何歳だろうと関係ないです。もっと……一緒にいたいって思ってます」
 海斗は真っ直ぐ智絵里に告げる。
 すると智絵里は嬉しそうにへにゃりと笑う。
「ありがとう、海斗くん。じゃあ……これからよろしくね」
 智絵里は海斗に手を差し出した。
「はい。俺、大人の男性に負けないくらい頑張ります」
 海斗は差し出された手を握った。

 こうして、海斗と智絵里の交際が始まった。
 家事が得意で世話焼きな海斗と、ズボラであまり警戒心のない智絵里。二人は末永く続くのであった。
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