矢吹くんが甘やかすせいで

苦労したわねぇ

「お母さん、あのね、違くて…!」

「うん?何が違うのかしら?」

「いや、これはその…」

私がしどろもどろになっていると、すい、と矢吹くんが私の前に立った。

「妃奈のお母さん、ちょうど良かった。そろそろ話そうと思っていたんです」

「…何を?」

「ちょ、矢吹くん?」

「大丈夫だから、妃奈」

矢吹くんが小さく息を吸う音が聞こえた。

「お母さん、僕は妃奈さんとお付き合いさせていただいています。妃奈さんのことがずっと好きだったんです。妃奈さんを傷つけるようなことは絶対にしません。どうか、お付き合いを許していただけないでしょうか」

「矢吹くん…」

こんなに緊張している矢吹くんは初めて見た。矢吹くんの手に視線をやると、手が震えている。緊張がこちらまで伝わってくる。

「ふうん…」

「お母さん、私からもお願いします。矢吹くんとお付き合いさせてください!」

お母さんが目を閉じた。腕を組んだままぴくりとも動かない。

これは、ダメかもしれない…

「あら〜そうなの!それはよかったわ!」

「…へっ?」

思わず変な声が出た。どういうこと?『よかった』?

「お母さん、それは…?」

矢吹くんも驚いているようで、お母さんに尋ねる声も心なしかうわずっている。

「え?だって付き合ってるんでしょう?あなたたち」

「はい…」

「それならおめでたいじゃない!晴れて結ばれたのよ?矢吹くんも苦労したわねぇ」

「ちょっ、お母さんそれは言わないでください…!」

私はさっぱりわからないけれど、お母さんと矢吹くんの間では何か通じ合っているみたいだ。少し悔しい…

「お母さん、ってことは…」

「許可も何もないわよ!おめでとう、2人とも」

「ありがとう…!」

「ありがとうございます!」

お礼を言って、矢吹くんと顔を見合わせた。お母さんに認めてもらえたことが嬉しくて、どちらからともなくふふっ、と笑った。

「さ!じゃあ早速お祝いしなきゃね!矢吹くんに聞きたいこともた〜くさんあるし、ね?」

「え?ちょ、お母さん?」

「今日はパーティーよ〜!さあ、矢吹くんもあがって!」

「ちょっと待ってよ…!」

矢吹くんはにこにこと笑っている。どうやらお母さんを止める気はなさそうだ。

「矢吹くん!止めなくていいの?」

「いいんだ。今日はちょうど親がいなかったからね。みんなで食べるほうが賑やかでいいでしょ」

「矢吹くん!?」

そう言っていそいそと家にあがる矢吹くんを見て、妃奈ははあ、と額に手を当てた。もうこの2人の勢いは手に負えなさそうだ。

「何も起きないといいけど…」

そう言いながらも、妃奈の頬は緩んでいた。

お母さんに認めてもらえてよかった。

これからしばらくは何の心配もなさそうだ!

この時の妃奈は、後に起きる出来事に頭を悩ますことになるとは微塵も考えていなかった。
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