離婚を前提にお付き合いしてください ~私を溺愛するハイスぺ夫は偽りの愛妻家でした~
「How can I help you?」

 その言葉は間違いなく美鈴が発したものだったはずなのに、なぜか異なる声も同時に耳に届き、美鈴のものときれいに重なった。

 自分以外の声が聞こえてきた方向――外国人を挟んで向かい側に目を向け、その声の主を確かめてみれば、そこにいたのはなんと社内でも有名な相馬千博だった。

 驚いて一瞬黙り込む。あちらも同様に驚いているようだ。

 しかし、間に挟まれたインド人男性と思しき人が勢いよくしゃべりだしたものだから、美鈴も千博も慌ててそちらに向き直った。

 そのまま千博と協力して解決にあたり、インド人男性と別れを告げた美鈴たちは顔を見合わせて笑いをこぼす。

「まさかインド人にカレーのおすすめを訊かれるとは思いませんでしたね」

 千博の言葉に美鈴も頷く。

 先ほどの男性は日本のカレーを食べに来日したインド人だった。道行く人におすすめのカレーを尋ねては食べ歩いているらしい。

「てっきり道にでも迷っているのかと思ったら、本当にまさかでしたね。びっくりです」
「ですね。でも、それ以上にこんなところで桑原さんと会ったことの方が驚きです。しかも、同じタイミングで彼に声をかけるなんて」

 千博に正しく自分が認識されていたことに少し驚く。来客対応で何度か関わってはいるが、名前まで正確に覚えられているとは思っていなかった。

 自分が誰かわかっていたのかと問いそうになるのを堪え、当たり障りのない言葉を返す。

「そうですね。私も驚いて一瞬固まってしまいました」
「同じくです。それにしても桑原さんはさすがの応対力ですね。かなりインド訛りが強かったのに、よくわかりましたね」
「受付で似たような訛りの方にお会いしたことがあるからかもしれません。相馬さんこそきれいな発音の英語で聞き惚れてしまいました」

 千博の英語は癖がなくてとても聞き取りやすく、だからといって無機質なわけでもなく、相手を思いやっていることがわかるとてもきれいな英語だった。

 彼の話す日本語にも同じような印象を受けるから、言語の発音そのものというよりは、彼の話し方にそういう特徴があるのだろう。聞いていてとても安心する話し方だ。

 千博は美鈴の言葉に対し、『仕事柄使う機会が多いだけだ』と笑っているが、彼の努力と心配りがあってこそのものだと思う。それなのにまったく鼻にかけることなく、機会に恵まれているからと答える千博に美鈴は好感を抱いた。
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