離婚を前提にお付き合いしてください ~私を溺愛するハイスぺ夫は偽りの愛妻家でした~
 今思えば、千博との間に壁を感じるようになったのは、千博がすでに別の人と向き合い始めたからなのだと推察できる。それどころか、あの日に彼が美鈴に触れてきたのも、そこからくる事情があったと考えるべきかもしれない。

 千博も美鈴に触れたいと思ってくれたのではないか、などという淡い期待は持ってはいけないのだ。無理に千博との間の壁を壊してもいけない。きっとそれは次の相手のための線引きなのだろうから。

 だから、千博がこちらを見てくれないと悩む必要はもうない。美鈴に必要なことは、今の二人の距離を受け入れることだ。

 今のもどかしい距離で別れを受け入れていく。そうしてその中で自分の気持ちと向き合えばいい。それで自分の心の整理もいつかつくはずだ。

 頭の中ではそう理解した。それなのに、美鈴の心は簡単には受け入れられないらしい。どれだけ己に言い聞かせても胸の痛みが消えないのだ。

 ほかの愛の存在がこれほどまでに強い痛みを与えようとは想像もしていなかった。そもそもそんな存在を考えたことすらなかった。千博はもちろん美鈴自身にも。

 別れる以上、別の愛に取って代わったとて何もおかしなことではないのに。

 偽りの愛だったからそんな当たり前のことにも気づかなかったのだろうか。いや、美鈴の愛は本物だったのだから、その理屈は通らないだろう。おそらくは本当の意味で離婚を理解していなかっただけだ。今それを現実のものとして突きつけられているに過ぎない。

 千博が本当に愛せる誰かと一緒になれるのなら、それは喜ばしいことだと思う。美鈴とて、この先違う誰かと幸せになれるなら、その方がいいに決まっている。

 でも、どちらを想像しても美鈴の心は痛むばかりで、少しも前向きな気持ちにはなれなかった。

 二人の愛はもうすでに存在していないのに、どうしても違う愛について考えることはできなかった。
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