離婚を前提にお付き合いしてください ~私を溺愛するハイスぺ夫は偽りの愛妻家でした~
 風呂から上がり、恐る恐るリビングへと足を踏み入れれば、すぐに千博に話しかけられる。

「どうだった?」

 いつもの様子でそう問われ、美鈴は固まってしまう。とてもあんな冷たいことを言っていたとは思えないほど、千博の雰囲気はいつも通りやわらかい。

「……あー、えっと、すごくいい香りだった。ついつい長湯してしまうくらい」

 使っていないのだから感想など言えるはずもなく、わかりきっていることしか言えない。後でオイルを入れて誤魔化さなければ、などと考えていれば、間近からまたやわらかな声が発せられる。

「気に入ったならよかった」

 嬉しそうな千博の声音に心が震える。複雑な感情に支配され、上手く会話を続けられないでいれば、不意に優しく髪を撫でられる。さらには肩に掛けているタオルでそっと髪を拭われる。

「髪、乾かさないと風邪ひくよ」
「……うん」
「なんだか元気がないね。湯あたりでもしたかな。そこに横になってごらん。僕が乾かしてあげるから」

 気遣いに溢れた言葉と表情をくれる千博に、美鈴は探るような視線を送る。けれど、どんなに探ってみても、いつもの千博のようにしか見えなくて、先ほどの彼の言葉がすべて幻のように感じてしまう。

 揺れる瞳で見つめていれば、千博の顔に心配の色が宿る。このままここで問うてみれば、全部勘違いだと言ってくれるだろうか。

 そんな期待をしたくなるが、彼に直接問えるわけもなく、不安を誤魔化すように千博の質問に答えた。

「……ううん。大丈夫だから。乾かしてくるね」

 ドライヤーの風を浴びながら、美鈴は思わずにはいられなかった。胸の中の不安も髪に含まれた水分と共に蒸発してしまえばいいのにと。
< 28 / 216 >

この作品をシェア

pagetop