はるけき きみに  ー 彼方より -
 八重が切なそうに眉根を寄せた。

「これを亡き篠沢様がお聞きになったら、紫音様のお父上が知ったらどんなに悲しまれることか」

「それはもう言わないで。とにかく私に課せられた仕事をしなくては」
 と言ってから、
「この付近もまだ水が引いていないわね。低い土地はまだ川のようになっていたわ」
 ここに来るまでの道中を思い浮かべた。

「はい、この間の嵐はひどうございましたから。まだ春だというのに台風のようになって、だから備えが出来ていなかったのです」

「これだと田畑にも影響があるでしょうね。一刻も早くあの建屋に行きましょう」

 紫音が上がり框で草鞋を履こうとした。
 それを見た徳三が駆け寄ってくる。庭に控えていた彼はどこまでも彼女の供をするつもりだ。

 それを見て八重も二人について行こうとする。
「あなたはここにいてもいいのよ」
「いえいえ、紫音さまは篠沢のご令嬢でございます。この者と二人で出かけるなど、とんでもないことでございます」

 そういわれて徳三は何とも言えない顔になる。

 紫音がわらった。
「それなら徳三さんと二人で山越えをした道中はいったい何だったの」

「そ、それは・・。この方には感謝しているんですよ、お嬢さまをここまで連れてきてもらって」
 あわてて言い直した。

 紫音が再びわらった。いや正確には二人じゃなかった、マシューとサジットと四人だったけれども。

 彼らはどうしているのだろう。初めての土地、この堺でうまく立ち回れているのだろうか。

 下乃浜でマシューという青年と数日を過ごした。
 異国の人でありながら意外にすぐ打ち解けたのだ。
 なにか不思議なものを感じる日々だった。

 そのときのやり取りが、鮮やかに思い出された。


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