転生虐げられたヒロイン、苦手な騎士団長をキス魔法で救ったら溺愛生活がはじまりました。
真面目に勉強しなければ……。
勉強しよう。
勉強しなければいけない!

当時十歳だった私、フェリエットは父親に素質があると言われ、とにかく勉強しまくっていた。

(国のために戦ってくださっている騎士の皆さんの治療をするのが私の夢よ)
(困っている人を助けて差し上げたいわ。お父様のように私も立派な治療魔術師になる!)
素直で純粋で綺麗な心だった。
来る日も来る日も勉強をした。実践練習もした。
魔法を使えば体力も減る。
でも勉強して勉強して勉強しまくった。
そうしないと父にムチで叩かれた。
勉強をサボれば、義母に食事を抜かれ暗い物置に閉じ込められた。義理の妹は綺麗なブロンドヘアで魔力を持っていない。いつも私のことをバカにしてクスクスと笑っている。
「お姉様、私たちのために立派な職業についてくださいね」
初めの頃は家族を養いたいという気持ちが強かったけれど、知能を鍛えればこの生活から大人になったら逃げることができるかもしれない。そんな希望を持つようになっていたのだ。
だから死ぬ気で勉強した。
勉強しすぎて頭がクラクラしてきて、ものすごい強い頭痛に襲われてしまった。
そこで私は前世の記憶を思い出した。
日本という国で暮らしていた二十代女性で社畜だった。
めちゃくちゃブラック企業で、ある程度の時間になったらタイムカードを切って働かされた。
それが当たり前の会社だったのだ。誰か訴えてくれないかなと思っていたけれど、そんな雰囲気にもならず。
私は働いて働いて働きまくった。
前世はとにかく真面目で、頼まれたことは断れない性格だった。
趣味が料理で学生時代も良くやっていたし料理の専門まで行ったが、就職難でなんとか食品系の会社に入社。
性格がすごく真面目だったので全てのことを受け止めてやらなければならないと思っていたのだ。
唯一の休みはヒストリカル系の小説や漫画を読むこと。
特にもふもふが登場するものが大好きで、ヒロインが王子様に愛されて、甘いお菓子を作って幸せそうに暮らすそんな小説が大好きだった。
仕事に追われてもう限界で過労死を意識していた。

そんなある日、私は残業をしていたのだがパソコンを打つキーボードの指が止まり、画面がグルグルと回って見えた。
もう限界かもしれない。そのまま体が前に倒れて、額を強く机に打ち付けた。本当に危ないと思った私は何とか立ち上がり栄養ドリンクを買いに行こうと歩き出した。
エレベーターを使えば良かったのに、なぜか階段を選んだ。フラフラだった私は足を外してしまいそのまま階段から転げ落ちて死んだ。

勉強している最中に前世の自分の記憶を思い出し、ざわざわざわと鳥肌が立った。
前世も今世も、ろくな人生じゃなかった。
せっかく理想のヒストリカル系の世界に来られたのだ。
勉強なんかしている場合ではない。なんとかお菓子作りをしてのんびり過ごせるルートに変更しなければ!
そう思って勉強から逃れ、無駄に調理場に足を運ぶようになった。
そんな私の姿を見て父は大激怒しさらに勉強するようにと厳しくなってしまったのだ。
泣く泣く、私は勉強をした。
なぜ私の魔力が強いかと気づいたのかといえば、髪の毛と瞳の色がブロンドに近い紫色だったからだ。紫色の瞳や髪の毛をしている人は魔力が強いと言われている。
「フェリエットは生まれつき素晴らしい力を持っているんだ。お前が稼ぎ頭になって俺達に恩返ししろ」
そう言われて鏡を覗いた。
私は色白で華奢だけれど少し垂れた二重の瞳の色は紫だったのだ。
生まれつきこんなに魔力があるなんてと、他の道に行くのはもったいないといった父親が私の人生のルートを決めてしまったのだ。
父は私が年齢を重ねるごとに、虐待がひどくなっていった。人には言えないけれど私の体にはたくさんのあざがある。それを隠して私は勉強して勉強して勉強しまくった。
でも何とかしてお菓子に囲まれた生活をしたい。
父の目を盗んでお菓子のレシピの勉強をして過ごしていた。

大人になった私は、難関試験をトップの成績で合格し治療魔術師になった。私の父親も一応は治療魔術師だ。しかし力が弱いとのことで最低限の給料しかもらえていない。人前では「我が娘をよろしくお願いします」と愛想よく振る舞っているが二人きりになると冷たい視線で私を睨んでくる。
大人になれば父親から離れることができると思っていたのに……。
怪我をした騎士団の治療をするのが仕事で、住み込みで働いている。
二十二歳になり国王陛下からもよく働いてくれてありがたいと言われ、素晴らしい結婚相手を見つけると言われていた。
立派な騎士の周りで働かせてもらうことはありがたい。前世でも筋肉質の男性が出てくる話がすごく大好きで今の私にとってはハッピーな環境ではある。
時間がある時はお菓子を作ることも許されていて、騎士に振る舞うと皆さん美味しいと喜んでくれるのだ。
私に胃袋をつかまれたという人もたくさんいる。……が。
「ロシュディ騎士団長も一ついかがですか?」
「結構だ」
騎士団長の彼だけは、私の作ったお菓子を食べてくれない。藍色のサラサラとした髪の毛と、鋭くて細い目。あの藍色の瞳に見つめられたら全て吸い込まれてしまいそうな気持ちになる。
一八五センチはあり、筋肉質でかなり大きな体だ。騎士団長というだけあって剣の技術も我が国一位と言われている。
彼は国境付近の警備にあたることが多い。他国から侵入してくるのを守っている。
国境近くには、魔獣が住んでいると言われていて、怪我をする人が多い。
そんな騎士団長の弱点は野菜が苦手なこと。特にほうれん草が好きじゃないらしい。体を強くするためにもぜひほうれん草を食べてもらいたい。
私が作るクッキーは一度も食べてくれたことはないけれど、甘いものが大好きだという噂だ。
それなのに食べてくれなくて私は切ない気持ちで過ごしていた。
騎士団長になんとかほうれん草を食べてもらいたいと思い、ほうれん草クッキーを作ってみた。
「ほうれん草を食べると体が強くなると聞いたことがあります。このクッキーに混ぜ込んで作ってみました。お一つどうでしょうか?」
苦い表情をしたが彼はクッキーを一つつまんでくれた。
「体が強くなるのなら試してみよう」
口に入れると初めのうちは眉間にしわを深く刻んでいたが、だんだんと明るい表情になっていく。
「甘くて美味しい……」
嬉しそうに言ってくれたので私は心から安堵した。
ところが……。
少し距離が近づいたかと思ったのに、相変わらずあまり話をしてくれない。
やっぱりどこかとっつきにくくて苦手だった。

そんなある日。
騎士団長が国境付近の警備にあたりに行った時、新人騎士が魔獣に襲われそうになり団長がかばって大怪我を負ってしまったのだ。
このままでは死んでしまう。私たちは国境付近に急いで向かうことになった。
現地に向かうと負傷した騎士が病院に運ばれていた。
地元の医師たちが治療を重ねているが命の危険にも及んでいるとの話だ。
なんとしても助けたい。
様々な勉強をしてきたけれど、一つだけ使ったことのない魔法があった。
本当に大事な時に使おうと利用したことがなかったのだ。
それは唇から唇へ……いわゆるキスをして助けるという治療法だった。
しかも、ファーストキスでなければ効力は得られないという。
本当に治るのか半信半疑だったし、キスすらしたことない私は動揺した。
ファーストキスは薔薇園でムードがあふれているところでと、夢見ていたのに。
これは……私の運命なのかも。
目の前で苦しんでいる騎士団長を見つめる。痛くてたまらないのに弱音を吐かずに歯を食いしばっている。
彼は国のために本当に今までたくさんのことに貢献してきてくれてた。優秀な人材を治療するのが私の役目である。
「騎士団長、これから特別な治療をいたします」
「……あぁ」
「失礼します」
私は顔をゆっくりと近づけて彼の唇に自らの唇を重ね合わせた。仕事中なのに不覚にもドキドキしてしまった。
唇を重ねるというのはこういうものなのか。
すると魔力が相手に与えられたようで、みるみる回復したのだ。
「良かった……」
安心したのもつかの間、ものすごい強いエネルギーを使ってしまったようで私は意識を失った。

次の日、目が覚めると体がすごく重かった。いつもなら魔力が回復して体もスッキリしているのに何かおかしい。
他の魔術師に治療してもらうが、はねられてしまう。もしかして騎士団長を助けたのが原因?
私の父親が、書物を読んで治療法を見つけてきた。
「ファーストキス魔術は自分の魔力を相手に分け与えるものだ。普通であれば治療で治るはずがフェリエットは特別な魔力を持っていたようだ。分け与えた人から返してもらうしかない。ところが魔術師ではないので治療ができないんだ」
「ではどうすればいいのでしょう。私はこのまま死んでしまうのでしょうか?」
不安でかすれた声で聞いた。すると父は頭を左右に振った。
「方法はある」
「どんな方法ですか?」
「キスしかない」
「……え」
どうやら私の魔力は五割程度の能力しかなくなってしまった。
五割も減ってしまっていると、魔力を自己生成できない。
体力が完全に回復している騎士団長から三回くらいキスで戻してもらうと、元の体に戻れるというのだ。
そうは言われても私は騎士団長のことが苦手だ。そんな人と何度もキスをしなければいけないなんて最悪すぎる。
「今の私の持っている魔力でなんとか仕事に励んでいきたいと思いますが」
「お前は特別な能力を持っているんだ。力を発揮できなければいいお給金ももらえないだろう」
「……しかし」
「家族のために働け」
父は顔を近づけて私の胸元をグッと掴んだのだ。
また叩かれると思って私は顔をそむけた。
「体力は数日すると戻ると思うから仕事は続けろ。回復する頃に騎士団長を向かわせる」
命をかけた治療だったというのに父は私のことを一切心配する様子を見せなかった。私のことを産んでくれた母は生きていた時はものすごく優しい父親だったのに。再婚して人格が変わってしまったのだ。
あんな人達から離れたい。逃げたい。そんな気持ちで私はベッドの上で休んでいたのだった。

数日横になっていると確かに体力は回復した。そして私は仕事に復帰をしたのだが、いつも通り治療に追われていると、怪我人が発生してしまったのだ。人数があまりにも多く人手が足りないということで、今日使える魔力は規定量を超えていたが、社畜精神から相手を治療することにした。
切り裂かれて血が出ている腕に手をかざす。すると手から光が出てきて騎士の手がだんだんと良くなっていく。
無事に怪我人は回復したが、消耗で私が倒れてしまった。
治療魔術師でありながら仕事ができない体になってしまい落ち込んでしまう。
なんとか治す方法がないかと一生懸命書物を読んで勉強するが、やはりキスするしか方法は見つからない。
医務室で横になっていた私はかなり気持ちが暗くなっていた。
ドアをノックする音が聞こえ視線を動かすと騎士団長が立っていたのだ。
「先日は助けてくれてどうもありがとう」
「いえ。お国を守っていただいているので本当にいつもこちらこそ感謝しています」
「……俺に力を分け与えてくれたから、君の力が発揮できなくなったと父上から聞いた」
頭の中に父の言葉がよぎる。
キスをしなければ私の魔術は回復しない。
このまま仕事ができないのは困る。
でも苦手な彼と三度もキスをしなければいけないなんて……。
「君は本当に色々な人を助けてくれる大事な人材だ。俺がその恩返しとして……その治療法に協力したいと思っているんだが」
お言葉はとてもありがたいが、私は即答できない。
「俺とキスをするのがそんなに嫌か?」
「嫌に決まっています」
思わず即答してしまったが彼は少しショックを受けたような顔をする。頬を人差し指でポリポリとかいて困った様子を見せていた。
「しかし……」
「あれは治療だったので仕方がなく決行したのですが……」
彼は何か考えているような素振りを見せた。
「俺という人間に慣れたら大丈夫なんじゃないか?」
「……さぁ、どうでしょうか」
「提案だが、一日も早くなれるために俺の家で暮らすのはどうだろうか」
この人は何を言い出すのかと思ったけれど、私はいい考えだと思った。
大嫌いな家族から離れることができるからだ。
「……それはいい考えかもしれませんね。騎士団長から父に相談していただけませんか?」
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