一途聖愛
第1章
No.1
2週間前、私の余命宣告の報道が出た。
まだ20歳。
沢山の人に「人生これからって時に可哀想」なんて言葉は報道後に聞き飽きてしまった。
私も最初はそう思ったよ。
私は自分の部屋の時計をちらりと見る。
時間は午後5時を少し過ぎていた。
夏のこの時間はまだ空は明るい。後1時間は電気をつけなくても過ごせるだろう。
しかし私は重い頭を起こしカーテンを閉めて電気をつけた。
そして冷蔵庫のを開けて中を確認する。
大学2年生一人暮らしの冷蔵庫の中はあまりにも寂しく空間が沢山ある。
買い置きしてある4個1セットのヨーグルトを1つ取り出し、テレビを見ながらテーブルの上でちびちび食べはじめた。
そして、ヨーグルトを半分食べ終えた時にテーブルの端に置いていたメモ帳に手を伸ばす。
メモ帳の赤い付箋部分を開き自分の手書きのメモに目を走らせる。
これは私が医師から病気の診断を受けた時にとったメモだ。
ふと医師から余命宣告を受けた時のことを思い出す。
始まりはいつだったか。
お腹の調子が悪い事が続いた。腹部がたまに痛んだり排便が上手くいかなかったり。
でも、小さい頃から緊張するとお腹が痛くなることもあったから生理が近いとか疲れているとかそんな感じだと思っていた。
でもある日。私の顔色がどんどん悪くなっていることに気づいたマネージャー・潮見 晴斗(しおみ はると)さんが見かねて病院に連れて行ってくれたらあれよあれよと診察と検査をして見つかったのが癌だった。
「「スキルス性胃がんです」」
スキルス……胃がん。
胃がんという言葉が思考を重くするがスキルスとはなんだろう。あまり私は聞いたことがなかった。
潮見さんもあまりよく知らない言葉だったのだろう。
私に気を使いながらも少しずつ声を出した。
「えと…そのスキルス……胃がんというものは……」
医師は淡々と私の検査結果を見ながら説明を始めた。
「スキルス性胃がんというものは、若い女性にとても多いです。菊地さんのような…20歳の人でも見つかる可能性のある病気です。原因はまだハッキリされていません。しかし、ストレスや塩分の摂りすぎ、遺伝子変化等が高いとされています。」
医師がパソコンに目をやり、キーボードを叩き始める。
「菊地さくらさん…身長は165cm、体重48kg。うん、体重は標準までいっていないね。生理はきちんと毎月きてる?」
潮見さんは私をちらりと見る。
「はい。先月も来ています。ただ1、2週間遅れることは前からありました。」
医師は私のその説明をパソコンに文字として入れていく。
「スキルス性胃がんの初期症状として、食欲不振、体重減少、胸焼けなどがあります。菊地さんのモデルという仕事柄、体型維持のため太らないようにしていたと思うので周りも気にしなかったのかもしれませんが恐らく体重は徐々に落ちていってたと思います。」
医師はパソコンに打ち終わると私たちに向き直った。
「仕事は一旦休職することをオススメします。治療に専念しなければ、スキルス性胃がんは進行がとても早く半年にステージが進んでしまいます。菊地さんはまだ1ステージなので治療すれば生存率は格段に上がります。これはまだ検査をしていませんがこの段階であれば転移も無いと思いますので。
また、抗がん剤治療であれば体に傷は付きませんがその分副作用が強いですし手術も出来ますができる限り小さくはしてみますが傷が出来てしまいます。そこも含めて今後のことを話していかなければなりませんので……」
そこで私は自分のメモ帳をパタンと閉じた。
ヨーグルトを食べ終わったのだ。
テレビを消し再びベッドに横になった。
小学生の時から少しずつモデルとして仕事をしており、大学生になってからは学業よりも仕事の方に時間を費やすことが多くなった。
自分の腕を天井に伸ばす。
白い肌に細長い腕。昔は羨ましがられ、自分もそれで気をつけていた白い自慢の肌だが、今では青白く病弱な肌にしか恐らく見えないだろう。
モデルの仕事は好きだった。しかし、自分の容姿はあまり好きではない。
好きではないというより、可愛いと自分では思えないのだ。
しかし、チヤホヤされるのは好きだしメイクも好き。
カメラの前で作る私の笑顔は何度も練習したので自信がある。
「そろそろお風呂に入らなきゃ…また寝ちゃう」
私はお湯はりを始めるため体を起こし、お風呂場に向かう。
(((ピンポーン)))
インターホンが鳴った。
「……え?」
大学に入ってから始めた一人暮らしで今は1年と少し経ったがインターホンなどまず鳴らない。
親からたまに送られてくる野菜やお菓子やらは必ずメールが送られてから届けてくれる。
また、通販は極力頼まないようにしてある。
これは女の子の一人暮らしを心配している親との約束だ。
私は恐る恐るドアスコープを覗きに行く。
ドア越しの外には恐らく聞こえてしまうだろうがそれでも細心の注意を払って音を立てないようサンダルを履き、意を決して覗く。
(誰も…居ない?)
多分ドアの前には誰もいない。しかし、ドアスコープは正面はよく見えるが左右は歪んで見えるため見にくい。それにドアスコープの下にしゃがんでしまえばこちらからは見えない。
(誰もいなければドアを開けて外の様子を見たいけど…でも立ち去る音はしなかったのような……)
私は静かに扉の前でしゃがみ、微かな音も逃さないよう息を殺していた。
…恐らく10分は経っているだろう。
そろそろ外の様子を見ても良いだろうと思い、痺れた足を震わしながら立とうとしたらその時
(((ガサガサ、トントントン…トントン……トントントン……)))
私の玄関前から足音がどんどん遠ざかる音が聞こえた。
心臓の音が鳴り止まない。
(私が恐らくここにいて静かに待っていたのを…バレてた?時間が経ったから諦めた?)
私の借りているアパートは3階の部屋で、住民や他の誰かが共有階段を使えば部屋の中でも微かに昇り降りする音が聞こえる。
誰?明らかに配達の人やセールスマンとかではなかったよね。
ファンの人?大学の友達?
色々な思考が漂い呆然と玄関に立ちつくす。
そしてしばらく立ち尽くしていた私にその考えを辞めさせたのは腫瘍がある胃からの吐き気で我に返った。
「…とりあえず潮見さんに連絡をして。今日は外に出ないようにしよう。」
大丈夫。モデルの友達やドラマで見るような、ドアノブを無理やり開けようとしたりピンポン連打してくる訳でもない。いざとなれば潮見さんに相談して引っ越しなり被害届を出して警察にも協力してもらえばいい。
外見がいいと自分で自分を守る術を気づいたらみにつけていた。
私の性別上、どんなに頑張っても不意をつかれれば同性でも異性でも簡単には手を振り解けない。
それに四六時中気を張っているなんて到底無理な話だ。
いくら小学生から人前に出る仕事をしていたって必ず隙は出来てしまう。
だからこそ、大事になる前に周りに状況を報告して迷惑をかけないようにしなければいけない。
嫌だな…もしストーカーとかならそんなことに悩んでいる場合じゃないんだよな…
胃がんのせいで仕事もできなくなるって言うのに…闘病生活が始まる中そんな所まで気が回らないのに……
私はふと、先週メディアに向けた休職報告で自分の発信した内容を思い出した。
「あーあ……こんな時に彼氏の1人居たら……真っ先に相談して腕っ節が強くなくたって心の拠り所になるのになぁ…………」
私は潮見さんのメールのアカウントを探しながらポツリと呟いた。
「ほんっっと……彼氏が欲しいとかじゃなくて、片想いでもいいから恋がしたい」
そして潮見さんのアカウントが見つかり今日どこかで電話の連絡ができるかどうかを確認しようとしたその時
(((ピロリン♪)))
スマホの通知音が部屋に鳴り響く
私は目を見開く
メールの内容はただ一言
「「「「久しぶり」」」」