The previous night of the world revolution5~R.D.~
『天の光教』は、溺れている人…つまり、生活苦に直面している人にとって、藁だった。

でも、溺れていない人…生活に困っていない人に、藁…『天の光教』は必要ない。

今までは生活に苦しんでいたから、心の支えが必要だった。

信仰心にでもすがるしかなかった。

『天の光教』にすがってさえいれば、とりあえず食うには困らなかった。

『天の光教』にいれば、慈善事業と称して、僅かな量ではあるものの、食べ物の配給や、最低限の寝床を得ることが出来たから。

代わりにデモ活動や、教典の朗読や、神への讚美をしなきゃならなかったけど。

しかし、今や『天の光教』にいなくても、自分の力で充分な量の食べ物を得られる。

わざわざ、捕まる危険性のある面倒臭いデモ活動なんてしなくても良い。

内容なんてよく分かりもしない教典を読んだり、眠たくなるような意味の分からん説教を聞かなくても良い。

そんな面倒なことしなくても、国が安く食べ物を売ってくれる。

それが何を意味するか。

人々は、『天の光教』に媚を売る必要がなくなった。

本当の意味で『天の光教』を、そして神を信じている人なんて、何処にもいなかったのだ。

ただ生活を保証してくれるから、『天の光教』を信じている振りをしていただけ。

あるいは自分でも無意識に、信じている気になっただけ。

本当の意味で『天の光教』を信じていたのではない。

結局のところ。

自分の生活を保証してくれるのなら、インチキ宗教団体だろうと、帝国騎士団だろうと、どちらでも構わなかったのである。

そして、どうせ保証してくれるのなら、何やら面倒臭い教えを覚えなければならない『天の光教』よりも。

特に何もしなくても生活を保証してくれる、帝国騎士団の方が良い。

だから、人々の心はすっかり『天の光教』から離れた。

そもそも、景気が悪くならなければ、最初から胡散臭い『天の光教』なんて、誰も耳を傾けはしなかった。

元々ルティス帝国は、色んな意味で宗教とは縁遠い国だったのだ。

神様なんて、心から信じていた者はごく僅か。

なんか世間で『天の光教』なんて宗教が流行っていて、その流行のビッグウェーブに乗っておけば、とりあえず食いっぱぐれずに済む。

だから、『天の光教』に迎合した。

『天の光教』が流行ったのは、それだけの理由だ。

そして、流行はいつか廃れるもの。

流行が過ぎ去ったから、人々は『天の光教』を忘れた。

馬鹿馬鹿しい話じゃないか。

景気が回復してしまえば、最早『天の光教』など、必要ないのである。
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