エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜
ロベリア <悪意>
 ここ最近は肌寒い日も増え、そろそろコートを取りに一度家に戻ろうかなと考えながら病院までの道を歩いた。
 その日の午後、入院予定の患者さんをお迎えに行きお部屋までご案内する。ソファやテーブルが置いてある少し広めの個室に入院されたのは、北条 静子さんという七十二歳の女性。
 一通りの説明を終えるとソファに腰掛けた彼女は、浮かない表情でため息混じりに言葉を漏らす。
 「息子達にちゃんと手術を受けた方がいいって言われて決心してきたんだけど...やっぱりここに来ると心が揺らぐわね」
 先日受けた検診で髄膜腫が見つかったそうで、北条さんの場合は蝶形骨縁髄膜腫といって蝶形骨縁の深部に発生している。太い血管や視神経がからみつきオペの難易度はかなり高いそうで、術後に脳梗塞や視神経への障害が残る可能性がある為、現状問題なく生活出来ている北条さんはなかなか決心がつかなかったのだろう。
 「私、昔から体だけは丈夫でね。入院なんて出産の時くらいなのよ」
 「そうでしたか。私は看護師ではありませんが、私で出来る事があれば遠慮なく仰って下さい」
 「ありがとう」と微笑んでくれたけれど、その顔はとても不安そうだった。

 その後も北条さんの事が気になり、時間を見つけては病室に顔を出していた。冷え性でなかなか眠れないと悩んでいたので、温感アロマオイルで足をマッサージしたり手のツボ押しをしながらよくお話をした。
 靴下を履いたまま眠られていたので、体温調節のしやすいレッグウォーマーをおすすめした次の日には、可愛らしいピンクと白の水玉模様のレッグウォーマーをされていた。
 「さっそく買ってきてもらったのよ」と笑う北条さんは、パジャマ姿でもどこか品があって可愛らしい笑顔は年齢よりもお若く見える。
 入院して数日経つ頃には検査に疲れたと仰る事もあったけれど、息子さんやお孫さんも頻繁に会いにきてくれるそうで「入院も悪くないわね」とおどけていた。当初よりも笑顔が増え「家族の為にも、手術して治す事を前向きに考えられるようになってきたわ」と話してくれた時はとても嬉しかった。

 ここ数日、先生は北条さんのオペの事もありいつも以上に忙しいようで、帰りも遅くお家にいる時間もほとんどを勉強に費やしている。ベッドに入るのも先生の方が遅いので、最近はあまり顔も見られていない状態だった。
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