「この国のために死んでくれ」と言われましたので。
とんでもない理不尽だわ
今までの価値観を全て切り崩し、今までの記憶と知識に新たな情報が加わる。
そして、融合した結果、今の私は私の置かれている現状をこう、結論づけた。
とんでもない理不尽だわ、と。
今までになかった記憶、知識、経験──すなわち、以前の生で得た過去が、そう言っていた。
(今まで、何も言い返さず、暴言や理不尽な仕打ちを粛々と受け止めていた私にも非がある。非があるけれど……)
でも、同時に思うのだ。
これが、十六歳になったばかりの少女にすることなの?と。
私は、手に持った短剣を見た。
死ね、と言われたことがよほど衝撃だったのか、死ぬための武器を手渡されたのがショックだったのか。
きっと、そのどちらもだ。
私はこの瞬間において、前世の記憶、なるものを取戻したようだ。
突然過ぎて、以前の記憶は現段階では鮮明に思い出せないものの──。
それでも、以前のように淑女の鑑でいるつもりはなかった。
(ふぅん……そう)
私は、静かに今までの記憶を振り返る。
我が国に、聖女が現れた。
三百年に一度の聖女。
国を脅かす瘴気を祓う、救世主。
聖女の力が出現したのは私の妹である、アリア。
アリアは、ごくこく普通に、至って自然に他人の恋人を奪うことに長けた女だった。
無邪気に、あどけなく、他人の恋人を奪う。彼女のせいで破談になった婚約が何件あるか。
しかも、質の悪いことに彼女はそれに悪びれない。
なぜか、いつも自分こそが被害者かのような顔をする。
一方的に慕われて、勝手に向こうが舞い上がって、婚約を白紙にした。
そんなふうに弁解するのを、娘可愛さに両親は信じたし、それを真実にするためにあちこちに圧力をかけた。
王も、公爵である父には何かと恩があり、なおかつ父は権力者でもあったので、それを黙認していた。それくらいのオイタであれば、目をつぶろう、とそういうことだろう。
社交界で、アリアは女性たち──特に令嬢から嫌われていた。
しかし、それすらもアリアは「嫉妬されている」と男性に泣きつく始末。
それを信じた男性がアリアに傾倒し、そしてまた、婚約が破談になる……といった具合である。
アリアは、同性からはとんでもなく嫌われ、異性からはとんでもなくモテる女だったのだ。
アリアを正面から見た私は、思った。
(そういえば、こういう女って前世でもいたなぁ………)
世渡りが上手なのだろう。
うんうん、と私は内心頷いた。
こうした性質を持つ女性は、男性の懐に潜り込むのが上手で、同類の女と協力関係を敷くのである。
そうして、自身の地位を確立する。
アリアはウィルフレド殿下の腕にすがり付きながら、啜り泣いた。
「お姉様は、やり方が陰湿だわ。皆の前で注意したり、ちょっとしたことでものすごい怒るの」
「!?ちょっとした……!?」
思わず、口をついて言葉が出た。
ハッとして口を噤もうとするが、もう遅い。
私が言い返した──というより、いつもとは違う反応を示したからだろう。
動揺したように、アリアはその紅の瞳を揺らした。
「ご、ごめんなさいっ……お姉様にとっては、ちょっとしたことではな──」
と、妹が言い切る前に、私はおいおいおい、と思い、また彼女の言葉をさえぎってしまった。
「『私にとっては』……!?」
「ひっ」
ついにアリアが悲鳴をあげ、ウィルフレド殿下の胸元に顔を伏せた。
今の私はきっと、恐ろしいほどの憤怒の顔──ではなく、まるでちんぷんかんぷんだと言わんばかりに困惑した表情を浮かべていることだろう。
実際、アリアの言葉を聞いて、『何言ってるのかしらこの子は??』という感想しか抱かない。
いや、だって。
ほんとうに、どれを指して言ってるの!?
夜会で、婚約者のいる男性──しかも王太子殿下と、連続でダンスを踊ったことに対して、苦言を呈したこと?
それとも、彼の髪と瞳の色に合わせたドレスを身につけていたことについて、指摘したこと?
それとも……。
いや、心当たりがありすぎるし、そのどれもが絶対、間違いなく【ちょっとした】ことではない。
彼女は軽く考えすぎなのである。
そして──どうやらそれは、アリアだけではなかったようだ。
顔を伏せた妹を気遣うようにその男は彼女の頭を撫でた。
そして、冷たい視線を私に向けたのだ。
「あなたが、そんなに冷たい女だとは思わなかった」
「冷たい、ですか?私が……?」
私は困惑しながら口を開く。
そして──そうだった、と改めて思うのだ。
(このひとは……とんでもなく偏狭的な考えをお持ちで、多角多面から物事を見るのが、苦手なひとだった……)
だからこそ、アリアのような女に引っかかるわけだけれど。
私は、ウィルフレド殿下を見てにこり、と笑みを浮かべた。
「私はアリアのために言っております。ウィルフレド殿下、私が、ただ意地悪をしたいがために、妹を叱責しているとでもお思いですか?」
『あなたのために言っている』──そんな言葉を吐く人間の大半が、自分のために言っていることだろう。
私も、その大半のうちのひとり。
だって、実際、過去の私は私のために行動を慎んで欲しい、とそう思っていたのだから。
アリアを抱き留めたウィルフレド殿下が眉尻を釣り上げ、険しい声を出した。
「違うのか?疎ましいのだろう?妹が。私に愛されるアリアを見て、悔しいと思ったのだろう。だから」
か…………勘違いも程々にしてくださいませんか!?
なんだ、この自意識過剰野郎。
うっかり、そんな言葉が口をついて出そうになった、が。
それをすんでのところで押しとどめる。
長年の王太子妃教育の賜物だ。
私はウィルフレド殿下の言葉を綺麗にスルーして、言った。
「私がアリアを注意する時は、彼女が礼を失している時です。直さなければ、恥をかくのは彼女でしてよ?」
そして、融合した結果、今の私は私の置かれている現状をこう、結論づけた。
とんでもない理不尽だわ、と。
今までになかった記憶、知識、経験──すなわち、以前の生で得た過去が、そう言っていた。
(今まで、何も言い返さず、暴言や理不尽な仕打ちを粛々と受け止めていた私にも非がある。非があるけれど……)
でも、同時に思うのだ。
これが、十六歳になったばかりの少女にすることなの?と。
私は、手に持った短剣を見た。
死ね、と言われたことがよほど衝撃だったのか、死ぬための武器を手渡されたのがショックだったのか。
きっと、そのどちらもだ。
私はこの瞬間において、前世の記憶、なるものを取戻したようだ。
突然過ぎて、以前の記憶は現段階では鮮明に思い出せないものの──。
それでも、以前のように淑女の鑑でいるつもりはなかった。
(ふぅん……そう)
私は、静かに今までの記憶を振り返る。
我が国に、聖女が現れた。
三百年に一度の聖女。
国を脅かす瘴気を祓う、救世主。
聖女の力が出現したのは私の妹である、アリア。
アリアは、ごくこく普通に、至って自然に他人の恋人を奪うことに長けた女だった。
無邪気に、あどけなく、他人の恋人を奪う。彼女のせいで破談になった婚約が何件あるか。
しかも、質の悪いことに彼女はそれに悪びれない。
なぜか、いつも自分こそが被害者かのような顔をする。
一方的に慕われて、勝手に向こうが舞い上がって、婚約を白紙にした。
そんなふうに弁解するのを、娘可愛さに両親は信じたし、それを真実にするためにあちこちに圧力をかけた。
王も、公爵である父には何かと恩があり、なおかつ父は権力者でもあったので、それを黙認していた。それくらいのオイタであれば、目をつぶろう、とそういうことだろう。
社交界で、アリアは女性たち──特に令嬢から嫌われていた。
しかし、それすらもアリアは「嫉妬されている」と男性に泣きつく始末。
それを信じた男性がアリアに傾倒し、そしてまた、婚約が破談になる……といった具合である。
アリアは、同性からはとんでもなく嫌われ、異性からはとんでもなくモテる女だったのだ。
アリアを正面から見た私は、思った。
(そういえば、こういう女って前世でもいたなぁ………)
世渡りが上手なのだろう。
うんうん、と私は内心頷いた。
こうした性質を持つ女性は、男性の懐に潜り込むのが上手で、同類の女と協力関係を敷くのである。
そうして、自身の地位を確立する。
アリアはウィルフレド殿下の腕にすがり付きながら、啜り泣いた。
「お姉様は、やり方が陰湿だわ。皆の前で注意したり、ちょっとしたことでものすごい怒るの」
「!?ちょっとした……!?」
思わず、口をついて言葉が出た。
ハッとして口を噤もうとするが、もう遅い。
私が言い返した──というより、いつもとは違う反応を示したからだろう。
動揺したように、アリアはその紅の瞳を揺らした。
「ご、ごめんなさいっ……お姉様にとっては、ちょっとしたことではな──」
と、妹が言い切る前に、私はおいおいおい、と思い、また彼女の言葉をさえぎってしまった。
「『私にとっては』……!?」
「ひっ」
ついにアリアが悲鳴をあげ、ウィルフレド殿下の胸元に顔を伏せた。
今の私はきっと、恐ろしいほどの憤怒の顔──ではなく、まるでちんぷんかんぷんだと言わんばかりに困惑した表情を浮かべていることだろう。
実際、アリアの言葉を聞いて、『何言ってるのかしらこの子は??』という感想しか抱かない。
いや、だって。
ほんとうに、どれを指して言ってるの!?
夜会で、婚約者のいる男性──しかも王太子殿下と、連続でダンスを踊ったことに対して、苦言を呈したこと?
それとも、彼の髪と瞳の色に合わせたドレスを身につけていたことについて、指摘したこと?
それとも……。
いや、心当たりがありすぎるし、そのどれもが絶対、間違いなく【ちょっとした】ことではない。
彼女は軽く考えすぎなのである。
そして──どうやらそれは、アリアだけではなかったようだ。
顔を伏せた妹を気遣うようにその男は彼女の頭を撫でた。
そして、冷たい視線を私に向けたのだ。
「あなたが、そんなに冷たい女だとは思わなかった」
「冷たい、ですか?私が……?」
私は困惑しながら口を開く。
そして──そうだった、と改めて思うのだ。
(このひとは……とんでもなく偏狭的な考えをお持ちで、多角多面から物事を見るのが、苦手なひとだった……)
だからこそ、アリアのような女に引っかかるわけだけれど。
私は、ウィルフレド殿下を見てにこり、と笑みを浮かべた。
「私はアリアのために言っております。ウィルフレド殿下、私が、ただ意地悪をしたいがために、妹を叱責しているとでもお思いですか?」
『あなたのために言っている』──そんな言葉を吐く人間の大半が、自分のために言っていることだろう。
私も、その大半のうちのひとり。
だって、実際、過去の私は私のために行動を慎んで欲しい、とそう思っていたのだから。
アリアを抱き留めたウィルフレド殿下が眉尻を釣り上げ、険しい声を出した。
「違うのか?疎ましいのだろう?妹が。私に愛されるアリアを見て、悔しいと思ったのだろう。だから」
か…………勘違いも程々にしてくださいませんか!?
なんだ、この自意識過剰野郎。
うっかり、そんな言葉が口をついて出そうになった、が。
それをすんでのところで押しとどめる。
長年の王太子妃教育の賜物だ。
私はウィルフレド殿下の言葉を綺麗にスルーして、言った。
「私がアリアを注意する時は、彼女が礼を失している時です。直さなければ、恥をかくのは彼女でしてよ?」

