あなたが運命の番ですか?

彼だけは誰にも渡さない

 あれから数日が経ち、文化祭まで残り1週間となった。
 通し稽古も始まり、演劇部内はピリピリとした空気感が漂っている。

 この数日の間、アタシは橘先輩と前園先輩、そして春川さんのことをずっと考えていた。
 春川さんは、前園先輩が橘先輩を番にすることを、前に向き考えている様子だった。それを知った時、アタシはショックを受けた。
 
 身勝手な話だが、春川さんが前園先輩と橘先輩が番になることを反対しているのであれば、アタシは彼女の肩を持とうと思っていた。春川さんが反対しているから、アタシも反対する。アタシは、春川さんを理由付けに利用するつもりだったのだ。
 だけど、春川さんが賛成している以上、アタシが前園先輩の考えに反対する理由がなくなってしまった。
 あとは、前園先輩が告白して、橘先輩が何て返事するか次第――。

「それじゃあ、そろそろ始めようか」
 部長の掛け声で、役者たちが一斉にそれぞれの立ち位置に着く。そして、物語冒頭から稽古が始まる。

 アタシは、2人が番になるのが嫌だ。
 橘先輩がアタシ以外のアルファと番になるのが嫌だ。
 何度考えを改めようとしても、どうしてもこの想いだけは変わらない。

『此花!私はこんなにも君を愛している……。それなのに、なぜ君は振り向いてくれないんだ!?』

 アタシはようやく小十郎の気持ちが理解できた。
 小十郎は此花が――愛する人が他の男のものになると分かった時、きっと嫉妬と憎しみに狂ったのだろう。今のアタシのように――。

『どうしてなんだ……。私が……、私が女――半陰陽だからか?だから、君は私を拒絶するんだな?』
『いいえ、そうではありません。小十郎様が女子(おなご)だからでも、半陰陽だからでもありません……。私には心に決めた殿方が……、猪三郎様がいるからです!』

 もしも、此花が「女だから」「半陰陽だから」と言っていれば、小十郎も受け入れられただろう。
 ずっと己を苦しめてきた境遇や身体的特徴が原因ならば、全てをそれらの責任にすれば良いのだ。今までのように、自分の呪われた運命を嘆けば済む話だ。
 だけど、そうじゃなかった。ただ単純に、小十郎は負けたのだ。猪三郎に、男として――。

『私は今までの人生で、本当に欲しい物は1度も手に入らなかった。私だってね、年頃の娘たちのように、華やかな着物を着て綺麗なかんざしを付けたかった。だけど、与えられたのは「小十郎」という名と刀……。君が羨ましいよ、猪三郎。地位も名誉も、愛する女さえも手に入れた君が……』

 どれだけ惨めだっただろうか。
 女としての自分を捨てて、男として、死んだ弟として生きた小十郎が、男として猪三郎に負けたのだ。
 その事実を突きつけられた時、小十郎は愕然としたはずだ。今までの人生は何だったのだろうか、と――。

 小十郎はきっと死ぬつもりだったのだろう。死ぬつもりで、猪三郎に決闘を申し込んだのだ。
 アルファ男性とアルファ女性の筋力と体格差なら、アルファ女性の小十郎は勝てるわけがない。
 
 ずっと疑問だった。なぜ、小十郎は絶対敵わない相手に決闘を申し込んだのか――。
 おそらく小十郎は、最初から勝つ気なんてなかったのだ。
 愛する女が他の男と幸せになる姿を見せつけられるくらいなら、恋敵に決闘で敗れ、男として華々しく散る道を選んだのだろう。

 ――俺は、2人のことを幸せにできるっていう自信がある。でも、星宮さんは橘くん1人すら幸せにする自信がないんだね。

 前園先輩、アタシはあなたが羨ましいです。そんな言葉を簡単に言ってのける前園先輩が……。

『だけど――』
 
 だけど――。

『彼女だけは誰にも渡さない。君を斬り捨ててでも、彼女を手に入れてみせる――』

 橘先輩だけは誰にも渡さない――。
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