あなたが運命の番ですか?

多種多様なアルファたち

 翌日、私は前園先輩に昨日の返事をするため、昼休みに1人でアルファ棟へ向かった。
 アルファ棟は、1年生から3年生までの教室が3階にあり、1階と2階にはベータクラスも使用する理科室や音楽室などの特別教室が並んでいる。

 アルファ棟3階の廊下を歩いていると、そこら中にいるアルファの生徒たちが私のことを物珍しげに見てくる。
 私は周りの視線を気にせず、2年1組の教室の前まで行く。しかし、教室の前には4人組のガラの悪そうな人たちがたむろしていた。
 前園先輩を呼び出したいのに、私は教室に近づくことすらできない。
 私は前園先輩の連絡先を知らないので、昨日の返事をするにしても、ハンカチを返すにしても、直接会わなければならない。
 
 勇気を出してアルファ棟に来たけど、1人で来たのは流石にマズかったかな?
 お父さんから前園社長経由で、前園先輩の連絡先を聞けば良かったな……。
 私が今更そんなことに気づいて委縮していると、教室前にいるアルファの1人が私に気づいた。

「あれ?この間の1年の子じゃん」
 そう言って近づいてきたのは、東部長が「問題児」と言っていた水瀬先輩だった。
 水瀬先輩はニヤニヤと笑いながら、私に近づいてくる。
「どうしたのー?もしかして、俺に会いに来てくれた?」
「いや、えっと……」
 前園先輩に用があって来ました、って言わなきゃ。
 そう思っているのに、水瀬先輩に詰め寄られて、私は頭が真っ白になる。
 
「何だよ、水瀬。その子、お前の新しい()()()()か?だったら、俺たちにも貸してくれよ」
 水瀬先輩と一緒にいた人たちも、私に注目し始める。
「やっぱ、オメガの女子って巨乳でエロいよなぁ。ほら、あの3年の人だって……」
「バカ、やめろって。そんなこと言ってたら、熊谷先輩に投げ飛ばされるぞ」
「あはは、確かに。あぶねー、あぶねー」
 先輩たちの下品なやり取りを全身に浴びながら、私は苦しくて(うつむ)いてしまう。

 前園先輩が優しい人だから忘れていたけど、アルファにはこんなふうにオメガを見下す人もいるんだった。
 やっぱり、1人でアルファ棟に来るんじゃなかった……。

 私は聴覚の情報をシャットアウトしながら、ここからどうやって逃げようか思考を巡らせる。
「せっかく来てくれたんだし、今から俺たちと遊ぶ?」
 私が考え込んでいると、突然水瀬先輩が私の腕を掴んできた。
 私は校内だから安全だと思って油断していたが、急に腕を掴まれたことで一気に血の気が引く。
「やっ、やめて――」
 私は必死に振り解こうとするが、やはり昨日と同様にビクともしない。
 どうしよう……。一体、どうすれば――。

「おい、やめろよ」
 
 すると、私の腕を引っ張っている水瀬先輩の腕を、誰かが掴んで引き離そうとしているのが見えた。
 そこにいたのは、爽やかなツーブロックヘアのアルファ男子だった。
「んだよ、佐伯(さえき)
 水瀬先輩は、眉間に皺を寄せながら舌打ちする。
「嫌がってるだろ。その手、離せよ」
 佐伯、と呼ばれていた人は、真っ直ぐ水瀬先輩の目を見ながら訴える。
 水瀬先輩はわざとらしくため息を吐きながら、私の腕を離した。
「お前って、昔っから()()()()()だよな?」
 水瀬先輩は厭味ったらしい言葉を残すと、「行こうぜ」と言って取り巻きと共にその場を去っていく。
 佐伯先輩はなぜか悔しそうに唇を噛みしめながら、水瀬先輩たちの背中を睨んでいた。

「大丈夫?」
 佐伯先輩は心配そうに眉を八の字にしながら、私を見下ろす。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
「なら良かった。……ベータクラスの子が1人でどうしたの?誰かに用事?」
 佐伯先輩にそう問われて、私は当初の予定を思い出した。
「あっ、はい。その、前園先輩に用があって……」
「えっ、前園?分かった。呼んでくるから、ちょっと待ってて」
 そう言って、佐伯先輩は教室の中へ入っていく。
 そして、その数十秒後に前園先輩が出てきた。

「春川さん……、1人で来たの?」
 教室から出てきた前園先輩は、少し焦っている様子だ。
「えっと、はい……」
 私が答えると、前園先輩は何かを言おうと口を開いたが、すぐに中断してそれを飲み込んだ。
「ここだとジロジロ見られるだろうから、ちょっと離れた所へ行こうか」
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