あなたが運命の番ですか?
 私は前園先輩に連れられて、2階の廊下へ移動した。
 前園先輩は腰を屈めて、私に目線を合わせる。
「春川さん、廊下で誰かに絡まれたりしなかった?」
「あっ、えっと……」
 私は小さく首を縦に振る。すると、それに対して前園先輩は苦い顔をした。
「……あのね春川さん、オメガの子が1人でアルファ棟に来るのは危ないよ。全員がそうってわけじゃないけど、アルファクラスには素行の悪い奴らもいるから……」
 前園先輩はいつもより語気を強める。
「ご、ごめんなさい……」
 私が謝ると、前園先輩はハッとしたような顔をする。
「謝らなくていいよ。……こっちこそ、ごめんね。春川さんに怒ってるわけじゃないんだ。ただ、心配で……」
 前園先輩はそう言って、肩を落とした。
 そんな前園先輩の姿を見て、私は申し訳なくなる。

「俺に用って、もしかして昨日のこと?」
「は、はい。お母さんから『いいよ』って言ってもらえました。あと、これも……」
 私はブレザーのポケットから、前園先輩に借りたシルク混のハンカチを取り出す。
 昨日の夜に洗濯して朝までに乾くか心配だったが、大丈夫だった。
「返さなくても良かったのに……。でも、ありがとうね」
 前園先輩は穏やかな笑みを浮かべながら、ハンカチを受け取ってくれた。

「あの、前園先輩」
「ん?どうしたの?」
「……連絡先、教えてもらってもいいですか?」
 私は勇気を振り絞って、そう問いかけた。
「連絡先?そう言えば、連絡先交換してなかったね。もちろん、いいよ」
 前園先輩は快く了承してくれた。
 
「俺の連絡先なら、お父さんに聞けば、うちの母親経由で教えられたのに」
「あぁ、それ、教室の前まで行った時に、『その手があった』って気づきました……」
 私が自虐的に苦笑いすると、前園先輩は「ふふっ」と笑った。
「うっかりさんだね」
 前園先輩は目を少し細め、口角を緩く上げ、どこか慈しむような表情を私に向ける。
 私は、初めて前園先輩の顔をまじまじと見た気がする。
 その顔を見た瞬間、私はボッと顔が熱くなって、思わず俯いてしまう。
 前園先輩って、結構優しい顔で笑うんだな。

「そうだ、春川さん。俺に対しては、敬語を使わなくていいよ」
「えっ?」
 私は突然そんなことを言われて、思わず面食らう。
「一応、俺たち婚約者だし……。周りの目が気になるなら、2人きりの時だけでもいいから」

 先輩に対してタメ口で話すなんて、ちょっと気が引けるな。
 でも、せっかく前園先輩がこう言ってくれてるんだし……。

「わ、分かりま――。あっ、わ、分かっ、た」
 私はどもりながら、何とか言葉を紡いだ。
 すると、前園先輩はまた先ほどと同じように笑った。
「うん、ありがとう」
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