あなたが運命の番ですか?
「坊ちゃん、おかえりなさい」
自宅に着くと、家政婦の木村さんが出迎えてくれた。
木村さんは50代の中年のベータ女性で、無駄に広い我が家の掃除と庭の手入れを、伽耶母さんに代わってこなしてくれている。その他の家事は、伽耶母さんの担当だ。
「ただいま」
「すみません、こんな格好で……」
丁度仕事が終わって帰るところだったらしく、帰り支度を済ませてトートバッグを肩にかけていた。
出迎えてくれたというより、玄関で鉢合わせたと表現するほうが正しいかもしれない。
「荷物、お部屋まで運びましょうか?」
「いや、いいですよ。もう帰るところですよね?お疲れ様です」
「坊ちゃんこそ、お疲れ様です」
お互いに会釈し合い、木村さんは帰っていった。
俺は洗面所で手を洗ってから、キッチンへ向かった。
「ゆうちゃん、おかえりなさい」
俺が冷蔵庫を開けると、エプロン姿の伽耶母さんが駆け寄ってきた。
「……ただいま」
「学校どうだった?」
「……どうって、普通だよ」
俺はタッパーから細かく刻んだリンゴを1欠片取り出すと、タッパーを冷蔵庫に仕舞う。
「……シロちゃんに、おやつあげるの?」
「うん……」
俺は1度も母さんの顔を見ずに、キッチンを後にした。
伽耶母さんの顔をまともに見られなくなって、一体何年経っただろうか。
自室に入ると、カラカラカラという回し車の音が聞こえてきた。
俺が本棚の上にあるケージの中を覗き込むと、ジャンガリアンハムスターの「シロちゃん」が回し車から出てきて、こちらに駆け寄ってくる。
俺はケージを開けてシロちゃんを手の平に乗せて、ベッドの上に座った。
そして、持ってきたリンゴの欠片をシロちゃんに与える。
慌ただしく好物のリンゴを頬張るシロちゃんを、潰さないように俺はそっと人差し指の先で優しく撫でる。
もう1歳半か。ハムスターの寿命だと、結構な歳だよな……。
俺は手の平の上でプルプルと震えている小さな命を眺めていると、ふと春川さんの姿が脳裏を過った。
小さくて、可愛らしくて、とても危なっかしい……。
昨日、たまたま春川さんが暴漢に襲われかけていたところを見た時、俺は心臓が止まるかと思った。
朝登校する時、駅で春川さんを見かけたことが何度かあったので、最寄り駅が同じなのは知っていた。
しかし、下校の時は今まで1度も姿を見かけたことがなかった。
昨日は、本当に偶然同じ電車に乗っていただけだ。
俺があそこを通りかからなかったら、彼女は一体どうなっていたのだろうか。それを想像するだけで、俺は背筋が凍る。
俺のことを恐れて逃げていく男たちの姿を、俺は反芻する。
他人から恐れられて、傷つくことは今まで山ほどあった。
だけど、あんなにも安堵したことは1度もない。
誇らしかった。大きな身体で、威圧感を与えることのできた自分が――。
春川さんを見ていると、危なっかしくてヒヤヒヤする。
今日だって、無防備に1人でアルファ棟へやって来た。
あれでは、親が過保護になってしまうのも仕方ないと思う。
俺がぼんやりと考え事をしていると、シロちゃんが俺の手の上から降りようと――、いや、正しくは落ちそうになっていた。
俺は慌てて、シロちゃんが乗っているほうとは反対の手で掬い上げる。
「危ないよ」
シロちゃん、春川さん――。
――私も、優一郎さんと番になりたいです……。
俺が君を守るよ。
自宅に着くと、家政婦の木村さんが出迎えてくれた。
木村さんは50代の中年のベータ女性で、無駄に広い我が家の掃除と庭の手入れを、伽耶母さんに代わってこなしてくれている。その他の家事は、伽耶母さんの担当だ。
「ただいま」
「すみません、こんな格好で……」
丁度仕事が終わって帰るところだったらしく、帰り支度を済ませてトートバッグを肩にかけていた。
出迎えてくれたというより、玄関で鉢合わせたと表現するほうが正しいかもしれない。
「荷物、お部屋まで運びましょうか?」
「いや、いいですよ。もう帰るところですよね?お疲れ様です」
「坊ちゃんこそ、お疲れ様です」
お互いに会釈し合い、木村さんは帰っていった。
俺は洗面所で手を洗ってから、キッチンへ向かった。
「ゆうちゃん、おかえりなさい」
俺が冷蔵庫を開けると、エプロン姿の伽耶母さんが駆け寄ってきた。
「……ただいま」
「学校どうだった?」
「……どうって、普通だよ」
俺はタッパーから細かく刻んだリンゴを1欠片取り出すと、タッパーを冷蔵庫に仕舞う。
「……シロちゃんに、おやつあげるの?」
「うん……」
俺は1度も母さんの顔を見ずに、キッチンを後にした。
伽耶母さんの顔をまともに見られなくなって、一体何年経っただろうか。
自室に入ると、カラカラカラという回し車の音が聞こえてきた。
俺が本棚の上にあるケージの中を覗き込むと、ジャンガリアンハムスターの「シロちゃん」が回し車から出てきて、こちらに駆け寄ってくる。
俺はケージを開けてシロちゃんを手の平に乗せて、ベッドの上に座った。
そして、持ってきたリンゴの欠片をシロちゃんに与える。
慌ただしく好物のリンゴを頬張るシロちゃんを、潰さないように俺はそっと人差し指の先で優しく撫でる。
もう1歳半か。ハムスターの寿命だと、結構な歳だよな……。
俺は手の平の上でプルプルと震えている小さな命を眺めていると、ふと春川さんの姿が脳裏を過った。
小さくて、可愛らしくて、とても危なっかしい……。
昨日、たまたま春川さんが暴漢に襲われかけていたところを見た時、俺は心臓が止まるかと思った。
朝登校する時、駅で春川さんを見かけたことが何度かあったので、最寄り駅が同じなのは知っていた。
しかし、下校の時は今まで1度も姿を見かけたことがなかった。
昨日は、本当に偶然同じ電車に乗っていただけだ。
俺があそこを通りかからなかったら、彼女は一体どうなっていたのだろうか。それを想像するだけで、俺は背筋が凍る。
俺のことを恐れて逃げていく男たちの姿を、俺は反芻する。
他人から恐れられて、傷つくことは今まで山ほどあった。
だけど、あんなにも安堵したことは1度もない。
誇らしかった。大きな身体で、威圧感を与えることのできた自分が――。
春川さんを見ていると、危なっかしくてヒヤヒヤする。
今日だって、無防備に1人でアルファ棟へやって来た。
あれでは、親が過保護になってしまうのも仕方ないと思う。
俺がぼんやりと考え事をしていると、シロちゃんが俺の手の上から降りようと――、いや、正しくは落ちそうになっていた。
俺は慌てて、シロちゃんが乗っているほうとは反対の手で掬い上げる。
「危ないよ」
シロちゃん、春川さん――。
――私も、優一郎さんと番になりたいです……。
俺が君を守るよ。