あなたが運命の番ですか？

優一郎の過去

　小さい頃、俺はアルファの母・亜紀母さんと、その夫の義父の３人で暮らしていた。
　亜紀母さんと義父は政略結婚だったらしく、祖父が政界との繋がりを持つために、国会議員である義父と亜紀母さんを結婚させたらしい。
　俺が覚えている限りでは、亜紀母さんと義父は仲が悪かった。
　２人ともアルファのため、共にプライドが高く、衝突が絶えなかった。

　義父は、とても怖い人だった。
　身体が大きくて、力が強くて、かなり短気で高圧的な人だ。
　俺は小さい頃から外で遊ぶのが苦手だったため、いつも家の中で遊んでいた。
　さらに、人見知りも激しく、義父とも上手く話せないような子供だ。
　そんな俺を見た義父は、毎日のように「男のくせにナヨナヨしてみっともない」と怒鳴っていた。さらに、強い力で腕を掴まれたり、平手打ちをされたこともあった。
　俺はそんな義父が怖くて、毎日亜紀母さんに泣きついていた。

「優一郎に何てことするの！？」
「お前の教育が悪いから、俺が根性を叩き直してやってるだけだろ！このままじゃあ、ろくな大人にならないぞ！」
「私の子よ！あなたが口出ししないで！」
　そして、そんな俺を巡って亜紀母さんと義父が言い争う。
　そんな毎日だった。

　アルファは複数のパートナーとの結婚が認められているため、当時から亜紀母さんと伽耶母さんも結婚していた。
　しかし、伽耶母さんとは当時別居状態で、毎週末俺と亜紀母さんは伽耶母さんの家へ遊びに行っていた。
　俺は、大好きな伽耶母さんの会える週末が楽しみだった。
　母さんたちと３人で過ごせる時間が、俺は大好きだったのだ。

　俺が７歳の時、亜紀母さんは前園グループの社員の過労死事件と、それを義父が警察に圧力をかけて隠蔽した件を告発した。
　母さんの告発によって、当時前園グループの社長だった祖父は逮捕され、義父は政界を追われることとなり亜紀母さんとも離婚した。

　祖父はコスト削減と会社の利益ばかりを重視して、グループ傘下の会社も含めた社員全員に対して低賃金で過重労働を強(し)いていたそうだ。
　特に酷かったのは経営している飲食店の店長に対してだった。サービス残業は当たり前で、ほぼ毎日出勤させられていたらしい。
　そして、そんな店長の１人が過労死してしまったそうだ。
　さらに、亡くなった人以外にも、心身に異常をきたして病院送りになった人が大勢いた。
　しかも、祖父は義父に頼んで、過労死の事実を隠蔽させたという。
　そんなことがあったから、「前園グループはブラック企業」「前園菊次郎は極悪人」「前園亜紀は実父を告発して社長の座を奪った強(したた)かな女」などという悪評が立った。
　特に祖父に対しては世間からの当たりが強く、社員を使い捨てのロボットのように扱う冷酷非道なアルファだと非難されていた。
　
　しかし、そんな悪名高い祖父も、俺にとっては優しいお祖父ちゃんだった。
　祖父は俺に会うと、いつも「ゆうちゃん、大きくなったなぁ」と言って抱きしめてくれる。
　オモチャもたくさん買ってもらったし、何度も遊園地へ連れて行ってくれた。
　だから、そんな優しいお祖父ちゃんが、社員に酷い仕打ちをしたという事実が俺は今でも信じられない。
　俺は、祖父が大好きだった。
　
　亜紀母さんは記者会見を開いた夜、泣きながら俺を抱きしめた。
「ごめんね、優一郎」
　あの時の母さんの震えた声が今でも忘れられない。
　いつも毅然(きぜん)としていて、しっかり者の母さんが、初めて俺の前で泣いた。
　あの「ごめんね」の中には、「大好きなお祖父ちゃんを奪ってごめんね」という意味が込められていた気がする。

　亜紀母さんと義父が離婚したことで、俺は伽耶母さんと一緒に暮らし始めた。
　俺は、母さんたちと３人で暮らせて嬉しかった。
　しかし、あれ以来祖父とは会えなくなり、連絡も取れていない。
　今、祖父はどこで何をしているのだろうか。