あなたが運命の番ですか?
アタシは、あの日の出来事を思い返す。
ダイニングキッチンにいたオメガ女性は、おそらく橘先輩の母親だろう。
しかも、まだチョーカーの付いた――。
オメガチョーカーが付いているということは、彼女には番がいないということだ。
あの年齢で番のいないオメガは珍しいと思う。たまに、ベータと結婚しているから番がいないというオメガも存在するが――。
しかし、あの母親がベータと結婚しているだろうか。
かなり派手な容姿に、散乱したビールの空き缶――。
こんなことを言うと失礼だけど、とても既婚者には見えなかった。
じゃあ、橘先輩の父親は――。
「――って、真琴聞いてる?」
「んぇっ!?」
アタシは朱音ちゃんの声に驚いて、素っとん狂な声を上げる。
隣を見ると、箸で弁当箱の底をトントンと叩きながら、眉間に皺を寄せている朱音ちゃんの姿が目に飛び込んできた。
「ご、ごめん、聞いてなかった……」
「もーう。最近ボーッとしすぎじゃない?また夜更かしでもしたの?」
「……うーん、まあ、そんなところかなぁ?」
アタシは苦笑いをして、はぐらかす。
「で、何の話だっけ?」
「だからぁ、うちのクラスの春川さんのこと」
「春川さん?」
その名前、どこかで聞いたことのあるような――。
「あっ、1年のオメガの女の子?」
「うん、そう」
春川寿々さん。
うちのクラスのアルファ男子たちが、彼女について話している様子を何度か見たことがある。
思春期、しかもアルファの男子にとって、同い年のオメガ女子は気になる存在だ。
どうにかしてお近づきになろうと画策する男子も何人かいる。
先週の昼休み、アタシが教室に戻ると、「さっき廊下で春川さんとすれ違った。すげぇイイ匂いがした」と興奮気味な様子で、教室に駆け込んできたクラスメイトがいた。
男子たちは「マジで!?」と、駆け込んできたクラスメイトを取り囲んだ。
最初のうちは、「どんな匂いがしたか」「どのくらい可愛かったか」とか、そんなくだらないことを話していた。
そして次に、「なぜオメガの春川さんがアルファ棟にいたのか」という議論になり、最終的に「アルファ棟に彼氏がいるのではないか」という説が浮上して、教室内は勝手に阿鼻叫喚となった。
「その春川さんがどうしたの?」
「いや……、春川さん、いっつも昼休みに、1人でご飯を食べてるんだよね」
朱音ちゃんは心配そうな表情を浮かべる。
アタシはその表情を見て、「ああ、なるほど」と合点がいった。
つまり、朱音ちゃんは春川さんがクラスで孤立しているのではないかと心配しているのだ。
「あんまりクラスに馴染めてないの?」
「馴染めてないっていうか、周りが『遠慮してる』って感じなんだよね。腫れ物扱いってわけじゃないけど、みんなどう接したらいいのか分からないって感じかな?春川さんも大人しい子だから、自分から話し掛けにいくわけじゃないし……」
「……つまり、朱音ちゃんは春川さんに『一緒にお昼食べない?』って誘いたいんだね」
アタシがそう言うと、朱音ちゃんは照れ臭そうに笑う。
「よく分かったね」
「ふふっ、長い付き合いだからね」
アタシが得意げに笑うと、朱音ちゃんは照れ隠しなのか、アタシの肩を小突いた。
朱音ちゃんは、小学校時代からいじめられている子を守るために、1人でいじめっ子に立ち向かうような正義感の強い子だ。
そんな朱音ちゃんだから、クラスで孤立している春川さんのことを放っておけないのだろう。
そして、朱音ちゃんが今でもアタシと友達でいてくれるのだって――。
「でさ、春川さんに声掛けてもいいかなって、真琴に相談したかったんだ。ほら、真琴はアルファで、春川さんはオメガじゃん?その、気まずいかなって……」
朱音ちゃんにしては珍しく、どこか言葉を選んでいる様子だった。
アタシは、初めて朱音ちゃんに「アルファ扱い」を受けたような気がする。
朱音ちゃんが言わんとしていることは分かる。
だけど、それはアタシではなく、春川さんに対して言うべきセリフだろう。
警戒するのは、「アルファがオメガに対して」ではなく、「オメガがアルファに対して」なのだから――。
「うん、そうだね……」
いいのだろうか。橘先輩とあんなことをしているアタシが、春川さんと接触しても――。
一抹の不安を感じるが、朱音ちゃんの善意を無下にしたくないし、朱音ちゃんとはこの先も友達でいたい。
「アタシは全然いいよ」
アタシがにこやかに返すと、朱音ちゃんはホッとしたような表情を浮かべる。
「ありがとね。明日、声掛けてみるよ。まあ、あんたも一緒って言ったら、断られるかもしれないけど」
朱音ちゃんは冗談っぽく笑った。
ダイニングキッチンにいたオメガ女性は、おそらく橘先輩の母親だろう。
しかも、まだチョーカーの付いた――。
オメガチョーカーが付いているということは、彼女には番がいないということだ。
あの年齢で番のいないオメガは珍しいと思う。たまに、ベータと結婚しているから番がいないというオメガも存在するが――。
しかし、あの母親がベータと結婚しているだろうか。
かなり派手な容姿に、散乱したビールの空き缶――。
こんなことを言うと失礼だけど、とても既婚者には見えなかった。
じゃあ、橘先輩の父親は――。
「――って、真琴聞いてる?」
「んぇっ!?」
アタシは朱音ちゃんの声に驚いて、素っとん狂な声を上げる。
隣を見ると、箸で弁当箱の底をトントンと叩きながら、眉間に皺を寄せている朱音ちゃんの姿が目に飛び込んできた。
「ご、ごめん、聞いてなかった……」
「もーう。最近ボーッとしすぎじゃない?また夜更かしでもしたの?」
「……うーん、まあ、そんなところかなぁ?」
アタシは苦笑いをして、はぐらかす。
「で、何の話だっけ?」
「だからぁ、うちのクラスの春川さんのこと」
「春川さん?」
その名前、どこかで聞いたことのあるような――。
「あっ、1年のオメガの女の子?」
「うん、そう」
春川寿々さん。
うちのクラスのアルファ男子たちが、彼女について話している様子を何度か見たことがある。
思春期、しかもアルファの男子にとって、同い年のオメガ女子は気になる存在だ。
どうにかしてお近づきになろうと画策する男子も何人かいる。
先週の昼休み、アタシが教室に戻ると、「さっき廊下で春川さんとすれ違った。すげぇイイ匂いがした」と興奮気味な様子で、教室に駆け込んできたクラスメイトがいた。
男子たちは「マジで!?」と、駆け込んできたクラスメイトを取り囲んだ。
最初のうちは、「どんな匂いがしたか」「どのくらい可愛かったか」とか、そんなくだらないことを話していた。
そして次に、「なぜオメガの春川さんがアルファ棟にいたのか」という議論になり、最終的に「アルファ棟に彼氏がいるのではないか」という説が浮上して、教室内は勝手に阿鼻叫喚となった。
「その春川さんがどうしたの?」
「いや……、春川さん、いっつも昼休みに、1人でご飯を食べてるんだよね」
朱音ちゃんは心配そうな表情を浮かべる。
アタシはその表情を見て、「ああ、なるほど」と合点がいった。
つまり、朱音ちゃんは春川さんがクラスで孤立しているのではないかと心配しているのだ。
「あんまりクラスに馴染めてないの?」
「馴染めてないっていうか、周りが『遠慮してる』って感じなんだよね。腫れ物扱いってわけじゃないけど、みんなどう接したらいいのか分からないって感じかな?春川さんも大人しい子だから、自分から話し掛けにいくわけじゃないし……」
「……つまり、朱音ちゃんは春川さんに『一緒にお昼食べない?』って誘いたいんだね」
アタシがそう言うと、朱音ちゃんは照れ臭そうに笑う。
「よく分かったね」
「ふふっ、長い付き合いだからね」
アタシが得意げに笑うと、朱音ちゃんは照れ隠しなのか、アタシの肩を小突いた。
朱音ちゃんは、小学校時代からいじめられている子を守るために、1人でいじめっ子に立ち向かうような正義感の強い子だ。
そんな朱音ちゃんだから、クラスで孤立している春川さんのことを放っておけないのだろう。
そして、朱音ちゃんが今でもアタシと友達でいてくれるのだって――。
「でさ、春川さんに声掛けてもいいかなって、真琴に相談したかったんだ。ほら、真琴はアルファで、春川さんはオメガじゃん?その、気まずいかなって……」
朱音ちゃんにしては珍しく、どこか言葉を選んでいる様子だった。
アタシは、初めて朱音ちゃんに「アルファ扱い」を受けたような気がする。
朱音ちゃんが言わんとしていることは分かる。
だけど、それはアタシではなく、春川さんに対して言うべきセリフだろう。
警戒するのは、「アルファがオメガに対して」ではなく、「オメガがアルファに対して」なのだから――。
「うん、そうだね……」
いいのだろうか。橘先輩とあんなことをしているアタシが、春川さんと接触しても――。
一抹の不安を感じるが、朱音ちゃんの善意を無下にしたくないし、朱音ちゃんとはこの先も友達でいたい。
「アタシは全然いいよ」
アタシがにこやかに返すと、朱音ちゃんはホッとしたような表情を浮かべる。
「ありがとね。明日、声掛けてみるよ。まあ、あんたも一緒って言ったら、断られるかもしれないけど」
朱音ちゃんは冗談っぽく笑った。