あなたが運命の番ですか?

恋と呼ぶには不純すぎる

『あなた、もしかして彼に恋してるんじゃない?』
『……えっ?』

 アタシが橘先輩の家へ行った日の翌日の部活。この日は上級生たちが見守る中、1年生のみでエチュードを行っている。
 設定は「スーパーの冷凍倉庫に閉じ込められてしまった従業員たち」だ。
 アタシを含めた役者たちは、寒さをしのぐために身体を縮めながら、互いに身を寄せ合う。
 なんやかんや流れがあって、死を覚悟したアタシたちは死への恐怖を和らげるためにさまざまなテーマで談笑し、話題が尽きた結果各々の昨日見た夢の話を始めた。

 エチュードには台本がないので、特にこういった会話劇が主体となる場面だと、セリフが思いつかなくて困ったりする。
 部長曰く、「話題を振られて困った時は、自分の実体験を基にした話をすれば良い」とのことだ。
 だから、アタシは何度も夢に出てくる知人男性の話をした。
 その知人男性の話は、半分実話――橘先輩のことだ。
 
 昨日の帰り際に、橘先輩とは連絡先を交換し、「またうちに来たかったら、ここに連絡してね」と言われた。
 その夜、アタシはまた、橘先輩の夢を見た。そして、また夢精した。

『その人は、アタシの夢に何度も現れるの。アタシは彼のことがずっと頭から離れなくて困っている。今だって、彼のことばかり考えてしまう』

 まさか性的な夢を見て夢精したなんて言えないので、「何度も夢に現れる」とぼかした表現をした。
 すると、女子部員から「彼に恋してるんじゃない?」と問われたのだ。
 正直、アタシは困惑する。
 そうか、恋か。()()なら、これを恋と呼ぶのか。

『いいえ、きっと違う』
 アタシは首を横に振る。
『……どうして、そう思うの?』
 女子部員は再び問いかける。
 
 確かに、アタシは橘先輩のことが忘れられない。
 先輩の顔も、感触も、匂いも、全てが恋しくてたまらない。
 ふとした瞬間に、橘先輩に会いたい、触れたいと思ってしまう。
 通常であれば、これは恋だと思うだろう。だけど――。

『アタシの気持ちは……、恋と呼ぶには、あまりにも不純すぎるから――』

 アタシが求めているのは、橘先輩の心ではなく、肉体だ。
 橘先輩は「またうちに来たかったら、ここに連絡してね」と言って、連絡先を教えてくれた。
「また」ということは、アタシたちは今後もああいう行為を繰り返すのだろう。
 こんな爛れた関係はダメだと分かっているのに、本能に抗うことができない。
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