ホスト、田舎娘に振り回されてます!〜恋のプロが、ウブなアイツに本気になったら〜
ハプニング同居(?)なんて聞いてない
「……で?」
目の前の男が、腕を組んでこちらを見下ろしてくる。 180cmのモデル体型、黒髪に切れ長の目。首元には黒いアザミのタトゥー。クール系ホスト、その名も——いや、勝手に「墨さん」と呼んでるだけだけど。
「なんでお前が俺の家にいるんだ?」
「そ、それは……!!」
時はさかのぼること数時間前——。
***
「今日は飲んでくぞー!!!」
桃乃は珍しくハイテンションだった。 田舎から出てきたばかりの頃は、歌舞伎町のネオンすら眩しくて目を細めていたのに、今やオレンジジュースを片手にホストの接客を観察するまでに成長した(?)。
この日は久々に「墨さん」に会うために店を訪れていたのだが、うっかり調子に乗ってしまった。
「カンパーイ!!!」
——なお、桃乃の手にあるのはオレンジジュースである。
ホストクラブで酒を飲むほどの財力はないし、そもそも強くない。でも今日は特別。特別だから……
「……お前、完全に酔っ払いのテンションになってるけど、ジュースしか飲んでねぇよな?」
「飲んでません!!でも!!気分が大事!!」
「はいはい」
クールに流す男。
しかし、桃乃は気づいていなかった。
この時、グラスを傾けた勢いで——バッグがひっくり返っていることに。
そして、財布が転がり落ちていることに。
***
「ない」
駅の改札前。桃乃は絶望の淵に立たされていた。
「ない、ない、ない!!!」
どこを探しても財布がない。
「えっ、どうしよう!?家に帰れない!!」
パニックになりながら、すぐに店に戻ったが、そこに財布はなかった。 もしかして、歌舞伎町のどこかに落とした!?
「終わった……詰んだ……田舎に帰るお金もない……」
「……何やってんの」
見慣れた男が、夜の街で腕を組んで立っていた。
「墨さん!!!財布がない!!帰れない!!」
「……はぁ」
大きなため息。
***
「で?」
目の前の男が、腕を組んでこちらを見下ろしてくる。
「だから、墨さんの家に泊めてください!!」
「……は?」
「財布がないから、ホテルにも泊まれないんですよ!!家までの交通費もない!!つまり、泊めてもらうしかない!!」
「いや、だからって」
「このままだと私、歌舞伎町の路上で朝を迎えることになりますけど……?」
じっと見つめると、彼は無言でこめかみを押さえた。 しばらく沈黙のあと、「はぁ……めんどくせぇ」と呟く。
「……一晩だけな」
***
「狭いけど勝手にしろ」
そう言って通された部屋は、意外と整頓されていた。 もっと雑然としたホストの独身男性の部屋を想像していたのに、無駄なものが少なく、モノトーンの家具で統一されている。
「思ったより、綺麗ですね」
「……ホストだからって散らかってると思うなよ」
「いや、墨さん、ズボラそうだし」
「……お前、もうちょっと人の家で遠慮しろよ」
部屋を見回すと、ふと壁際の棚に視線が止まる。 そこには香水や時計のほかに、シルバーアクセサリーが並んでいた。 そして——
「おお、タトゥーシールがある」
「触るな」
「へぇ〜、こういうのも使うんですね!」
「仕事の演出用だ」
「墨さんのタトゥー、本物だけど」
首元のアザミのタトゥーをじっと見る。
「これ、痛かったですか?」
「……お前、さっきから何の話してんの」
「タトゥー彫るのって、痛いって聞くので」
「そりゃ痛えよ」
「どれくらい?」
「んー……骨の近くは特に痛いな。ここらへんとか」
そう言って腕をめくる。 肩から腕にかけて刻まれた模様が、ちらりと見えた。
「おお……」
「興味あるなら入れれば?」
「いや、私はいいです」
即答すると、男はくくっと笑った。
「だろうな」
「ていうか、なんでタトゥー入れたんですか?」
「……さあな」
その問いには答えず、ソファに座り込む。
「お前、どこで寝る気?」
「えっ?」
「俺のベッド使わせる気ないけど?」
「え、じゃあ……」
「そこで寝ろ」
指差されたのはソファだった。
「うう……」
「ほら、寝ろ。明日には財布見つけろよ」
***
——そして、翌朝。
「財布、店に届いてました!!!」
「最初からちゃんと確認しろ」
「よかったー!!これでちゃんと帰れます!」
「……もう泊まりに来んなよ」
「えぇー、いいじゃないですか!また来ますね!!」
「二度と来んな」
「またまた〜!!」
「……マジで来んな」
そう言いつつ、男は呆れたようにため息をついた。