ホスト、田舎娘に振り回されてます!〜恋のプロが、ウブなアイツに本気になったら〜

田舎娘、ホストを分析する


ある夜、歌舞伎町のとあるバー。桃乃はカウンターでノートを広げ、真剣な顔でペンを走らせていた。

「えっと……ホストはお酒が飲めなくてもいい、でも話術が必要……」

「お前さ」

「うわっ!?」

突然横から声がして、桃乃はノートを抱え込む。横には、首の黒いアザミのタトゥーが印象的な男——つまり、朔(墨さん)が座っていた。

「何メモしてんの」

「べ、別に……」

「見せろ」

「ダメです!これは私のホスト研究ノートなんです!」

「ホスト研究?」

朔は呆れたようにため息をつく。

「……どこを目指してんの」

「ホストについて学ぶのが楽しくて!色んなテクニックがあるじゃないですか!例えば……えっと」

桃乃はノートをめくりながら話す。

「『お客さんの名前を何度も呼ぶと親近感が増す』」

「それ、普通」

「『相手のグラスが空く前におかわりをすすめる』」

「接客業なら当たり前」

「『どんな話でも笑顔で聞く』」

「……」

「『でも、あざとくやりすぎるとウザがられる』」

「……なんか詳しいな」

「ふふん!」

桃乃は得意げに胸を張る。

「でも、ホストの世界って奥が深いですよね。色んな駆け引きがあって、人間観察にもなるし!」

「……お前さ、ホストになれば?」

「えっ!?」

「いや、ここまで勉強熱心なら、もういっそホストになればいいんじゃね?」

「ちょっと待ってください!私、女ですよ!?」

「関係ない。最近は女性ホストもいるし」

「うそ!? 私、ホストの才能ありますか!?」

「ある意味な」

「でも……」

桃乃は少し悩んだ後、ポンと手を打った。

「じゃあ試してみます!」

「試す?」

「墨さんをお客さんだと思って、接客してみます!」

朔は一瞬だけ「え?」という顔をしたが、すぐに面白そうに口角を上げた。

「ほう。いい度胸じゃん」

「それじゃあ、いきます!」

桃乃は一呼吸置き、満面の笑顔を作る。

「いらっしゃいませ♡ 墨さん、お疲れ様です♡」

「……」

「今日は何を飲みますか? 墨さんのために、特別なドリンクを用意しちゃいます♡」

「お前、わざとだろ」

「そんなことないですよぉ♡」

「その語尾、やめろ」

「えぇ〜?」

「あと、その無駄なボディタッチもいらない」

「ホストって、ボディタッチ大事じゃないんですか?」

「……お前にやられると、イラッとする」

「えぇっ!?」

桃乃はショックを受けながらノートを開き、メモを書き加えた。

『ボディタッチは人を選ぶ』

「……勉強熱心なのは認めるけどさ」

朔は苦笑しながら桃乃のノートをのぞき込む。

「お前、ホストになりたいんじゃなくて、ただ俺で遊びたいだけだろ」

「そ、そんなことないです!これはあくまで学びの一環で——」

「はいはい」

朔は適当に受け流しながら、自分のグラスを持ち上げた。

「じゃ、次は俺がお前を接客してやるよ」

「えっ!?」

「……お嬢、お疲れさま。今日は何を飲む?」

急に低く甘い声になった朔を見て、桃乃はびくっと肩をすくめる。

「え、あ……じゃ、じゃあ、オレンジジュース……」

「オレンジジュースね。かわいいチョイスだな」

「え、ちょ、待っ……」

「で、最近どう?」

「え、あ、えっと……」

「もっと俺に甘えていいんだぜ?」

「わあああ!!!」

耐えきれず、桃乃は顔を真っ赤にしてノートを抱え、席から転げ落ちた。

「なにその破壊力……ホストってやっぱりすごい……」

「今さら?」

「もうだめ、これは研究どころじゃない……」

朔は肩をすくめながら、楽しそうに笑った。

——こうして、田舎娘のホスト研究は混乱と赤面の中、続いていくのだった。
< 17 / 29 >

この作品をシェア

pagetop