My eyes adored you
9.ひとみ
ベンチに座ったまま、わたしは聡史くんの腕にすっぽり包み込まれた。
こんなふうにされたことは、一度もなかった。小さなころでも、思い返してみれば、手をつないだこともほとんどなかった。
まるで本当のこととは思えなくて、だた聡史くんの胸にぴったりくっついてその鼓動を聞いていた。コトッ、コトッとやや速いそれを聞きながら、これまでにないほどやすらかな自分に驚いていた。あとからあとから涙があふれてくるのに、不思議なほど心が凪いでいる。
聡史くんの上着からは、お香のようないい匂いがした。この川辺を包む草の香と、淡い蛍の光。それらに包まれてわたしはとても幸せだった。泣いているのに、幸せでたまらなかった。
「ひとみちゃん」
右耳の上あたりで、静かな声がわたしを呼んだ。
「好きだよ、ひとみちゃん。僕を選んでほしい。神様じゃなくて、僕を」
「聡史くん……」
思わず顔を上げると、聡史くんが微笑んでいた。
涙を指でそっと拭ってくれてから、眼鏡の奥ですぅっと目が細くなる。わたしの好きな聡史くんの顔。
「結婚しよう、ひとみちゃん」
何を言われたか、一瞬わからなかった。たぶん、ぽかんとしていただろうわたしに、聡史くんはあわてたように付け加えた。
「あ、もちろん、今すぐじゃなくてもいいんだ。あと何年かしてからでも……」
「する……今すぐ、したい」
「ひとみちゃん……」
びっくりしたようにも、ちょっと照れているようにも見える。聡史くんはそんな複雑な顔をしていた。
「神様じゃなくて、聡史くんがいいの」
「本当に?」
まだどこか心配そうな聡史くんに、わたしは言った。
「大好き。小さいころから、ずっとずっと好きだったの」
これからも、と言おうとすると、再び聡史くんに抱き寄せられた。さっきよりもきつく、ぎゅっと。
好きだよ、ひとみちゃん。
わたしを腕に閉じ込めたまま、聡史くんは何度も言ってくれた。
胸がいっぱい、ってたぶんこういうことなんだろう、とぼんやり思いながら目を閉じる。
せっかく止まったはずの涙が再びこみあげてくる。全身を満たす幸せがあふれ出ているようにも思えて、涙さえもが愛しく思えた。
蛍が照らす淡い光の中、わたしたちはそうやってやさしい夕闇に包まれていた。