ミス・ウィッチ ①
2 “危機感”を忘れるとこうなる。けれど。
そういうわけで、私たち二人は、ズドン! だとかガッシャン! だとか、そのあとも定期的になる、不思議な音のもとに向かって、歩いていった。
階段をおりて、三階。つきあたりまで進む。
「ここ……だね」
「はい」
たどり着いたのは、……お店、なのかな? ドアとか壁とかあって、そうは見えないけど。
この辺りはうす暗くて、人が全然いない。この店のようなもの自体が営業していない上に、周りのほかのお店と、場所がちょっと離れているからだ。
ドアノブに、手をかけてみる。
「あ、あいてる」
ドアを開けたら、余計に中の謎の音がきこえてくるようになった。
私たちはそのまま、ゆっくりと中に進む。
ズドン!! ガシャン!!
中は通路がぐちゃぐちゃしていてわかりづらかった。相変わらず暗くて、壁以外なんにもない。そのせいで、よく音が響いて、耳が痛い。
さらに奥に進んでいくと、明かりが見えた。
「なんでしょうか……」
彼女は結構、興味津々な様子で(私も人のこと言えないけどね)、すっと進んで壁から少し顔を横に出して、明かりのほうを見た。私も、彼女の下から顔を出す。
明かりがついていた場所は、少し広い部屋みたいになっていた。周りに荷物がたくさん積んであって、それがところどころ崩れている。
その荷物に囲まれるようにして、誰かがいた。
わりと小さい、小学生くらいの男の子。オレンジのオーバーオールに、赤い帽子をかぶっているのが見えた。まるで、なにかのマスコットキャラクターみたい。
男の子は私たちに背を向けて座っている。そして、なにやら難しそうな画面を見ながら、ブツブツ言っている。
そして、ふいに何も言わなくなったと思ったら、ヒュッと手を挙げて、パッと振り下ろした。
ズドン!!!
パシっと赤く光ったと思ったら、散々きいた例の謎の音がして、周りの荷物がガタガタガタっ! と音を立ててくずれた。
「……今の何?」
私は小声で、彼女にきいた。
「わかりません」
ですよね……。
なんかヤバそうだということしかわからない。
その後も、男の子が画面を見て何か言っては手を振ってズドン! ガラガラの繰り返し。
男の子が触れたわけでもないのに、くずれおちる荷物。いったい、何が起きているんだろう。
気になって、《《もう少しだけ》》、身を乗り出そうとした。
……これアレだね。“フラグ”ってやつだよね?
案の定、そのままバランスをくずした私は、あろうことか彼女のことも巻き込んで、盛大に音を立てながらすっころんだ。
もちろん、男の子は異変に気付いて、バッとこちらを向いた。
そしてバッチリ目が合う。
およそ五秒の沈黙。
「……な、なんだお前ら……?」
かわいい顔だけどしかめっ面の男の子が、わなわなと私たちを指さす。
「だってオイラ、この秘密基地は魔力がないやつには見つからないようにしたのに……。なんでこっちの世界のやつが来れるんだ……?」
なんか、相当あせってるっぽい。いっている意味も、ちょっとよくわからない。
でも、あせっているのはこちらも同じだ。だって、明らかに関わりたくないもの。危ない感じしかしないし。興味津々にのぞき込んでたやつが、いまさら何言ってんだって言われたら、返す言葉がないけどね。
だんだん冷静になってきた男の子の、目つきが変わった。
「知られたからには、ただじゃおけない」
男の子は、バッと手を振り下ろした。
反射的に、壁に引っ込む私たち。
ヒュン! と音が鳴って、バッて光ったのと、すぐ横の壁に大きなひびが入ったのが同時。
……マジ?
全速力で、出口に向かって駆け出す、私と彼女。それはもう、必死。
男の子は、なお私たちに容赦なく光線(?)を飛ばしてくる。しかも、手当たり次第に乱暴に飛ばしてくるもんだから、危なっかしくて仕方がない! 辺りはみるみるがれきだらけに。
一筋の光線が、私たちの頭上を通り過ぎ、前の壁に当たって砕け、まさに通ろうとしていた通路をふさいだ!
「ダメです! 退路がありません!」
彼女の悲鳴のような声。
そして、私たちは通路の奥に追いつめられる。
……ああ、これで終わりなのかな、私。
ここまでくると、脳内のつぶやきも、どこか他人事のように思える。
思考がストップしちゃって、良い打開策も浮かんで来やしない。
目の前の男の子が、これでとどめだとばかりに両手を高く上げて、その手にすさまじい光が宿っているのを見ても、頭の中の処理が追い付いてないみたい。
現実はこんなもんなのかな。こんな大ピンチのときに、理想的な動きなんてできるわけないよね。
恐怖と諦めで、ぎゅっと目をつむった。
それでも視界が一気に白くなったことで、強烈な光が発せられたことはわかった――。
やられ……て、ない?
痛みどころか、衝撃すら何も感じなかった。でも、まだ視界は白い。
うっすら、目を開けてみる。。
……え?
周りに何もない。真っ白。影すら映らない。
光の中に、ただひとり、私がいる。
私、どうしちゃったんだ……?
(チカラヲ……)
頭に響いた。声というか、脳で反芻される感じ。
(セカイヲ、マ…ル、コノ……ラ……)
えっ、何、きこえない。ノイズがかかっているみたいに、途切れ途切れのメッセージだ。
(オネ…イ、ス…ッテ、…ン……ニ………ノチ……、タッ……ト……エ……………)
だんだんと遠ざかる声、フラッシュする視界。
なにこれ、怖い、なんだかおかしくなっちゃいそう――。
「……、……あの!」
「ハイっ! ……えっ?」
気がつくと、周りはうってかわって真っ暗だ。何も見えない。
「大丈夫ですか? ちょっと見えないですけど」
姿は見えないけど、彼女の声が聞こえる。すぐ隣にいるみたい。ちょっとだけ安心する。
「あっ、うん。大丈夫……、たぶん」
そのとき、暗闇に突然、光が灯る。
「わっ!?」
光のもとは、どうやら右手。いや、右手に握りしめている何か。
ここで私は、無意識にあの音楽プレーヤーを握りしめていたことに気づいた。私にとって、お守りみたいなものだから。
その音楽プレーヤーが、神々しく光っていたんだ。
……そんな機能ないはずなんだけど。
音楽プレイヤーを胸元に持ってきたことで、照らされて彼女の不思議そうな顔が見えた。
どうやら、彼女の方でも何かが光っているみたい。
「どういうことなんでしょう……」
彼女の手には、アンティークな感じの懐中時計が握られていた。たぶんかなり古いもので、光るとかいう機能は本来はなさそう。
つまり、明らかな異常事態ってこと。
でも、なんだか、握りしめている手から、腕へ、足へ、頭へ、体の隅々まで力が湧いてきた。じわじわと、体温が上がるのを感じる。
なんだろう、体が生まれ変わるような、新しい感覚。
知っているような、知らないような、私になるような――。
私は、さらに強く、音楽プレーヤーを握りしめた。
きっと、彼女も同じように、懐中時計を握りしめたと思う。
もっと強い光に、私たちは体ごと包まれた――。
体中、風が駆け巡る。
あまりの勢いに、目が回りそう――。
思わずまた、目をつむった。
……謎の感覚が、少し収まった。
おそるおそる、目を開ける。
えっ……。
服が、変わっている。黒を基調としてちょっとピンクが入っている、ところどころレースがあしらわれている、今まで着たことがないような服。
それと、髪の毛! なっが! サイドテールが腰ぐらいまでの長さあるよ! そしてドぎついピンク! なにこれ!?
頭の上、何か乗ってる……。なんだこれ、先がとんがってるのかな……?
ふと、隣の彼女……《《だと思われる女の子》》を見た。
だって彼女も全然さっきと違う!
服は私とほぼおんなじの黒っぽい服。私のはちょっとピンクっぽかったけど、彼女は緑っぽいのが違うところ。
あと、彼女も髪の毛がぐんと伸びて、腰ぐらいまであるロングストレートヘアに。色は深い森のようなダークグリーン。ついでに眼鏡もなくなっていた。
頭の上には、これは……、ミニハット、とかいうやつ? しかも、とんがり帽子。きっと、私の頭の上のもこれなんだろう。
これは、まるで……。
「「魔法使い……」」
きれいに彼女とハモった。
信じられない……。頭がパンクしそう。
二人そろって、本や漫画やアニメに出てくるような、魔法使いみたいな格好になっちゃったわけです。