Music of Frontier
案の定、母は俺を探して、不安げにきょろきょろと辺りを見渡していた。

俺を見つけるなり、安堵の声をあげた。

「ルクシー!良かった。何処に行ったのかと思ったわ」

「ごめん。ちょっと…時間、忘れてた」

しかも、体感的にはまだ10分程度しかたっていないつもりだったのだ。

それだけ、ルトリアと喋るのに夢中になっていたんだと思う。

「そうだったの。一通り挨拶も終わったから、帰りましょう」

「うん」

俺達は誰にも気づかれないように、そっと会場を後にした。

まぁ、俺達みたいな弱小貴族は、いなくなったところで気づく人はいないだろうが。

帰りの車中で、母は俺に尋ねた。

「私と離れてから、何をしてたの?美味しいもの食べた?」

あ、やっぱり聞かれた。

「いや…あんまり食べてない。それより…喋ってた」

「喋ってた?誰と?」

…ルトリアのこと、話しても良いんだろうか。

別に後ろめたいことしてた訳じゃないから、堂々としてれば良いか。

「…ルトリアと」

「ルトリアさん…?何処の家の子?」

「マグノリア家の…長男だって言ってた。同い年だったんだ」

「まぁ、マグノリア家のお子さんと?」

まさか弱小貴族出の俺が、マグノリア家の長男様と楽しくお喋りしていたとは思わなかったのだろう。

さすがの母も驚いていた。

…そりゃ驚くよなぁ。

何か粗相をしたのではないかと焦る気持ちも分かる。

「マグノリア家の方と…。そう。楽しかった?どんな話をしたの?」

どんな話…か。

…プリパの話とか…。生クリームのプールの話とか…そんな話ばっかしてた気がする。

でも…これだけは言える。

「楽しかったよ」

確かに、楽しかった。

ここ最近では稀に見るほど、楽しかった。

「そう…。楽しかったのね。良かった」

母も心なしか嬉しそうだった。息子が初めて同年代の子と楽しく話をしたと言うのだから、嬉しくもなるだろう。

…どうしよう。これも言っても良いかな。

でも、約束したし。

「…それから、また…また会いに行くって、約束した」

「え?」

「また会いに来てくれって言われたから…。…行っても良い?」

「…」

母は驚いて、それから難しそうな顔をした。

…それも当然だ。相手はマグノリア家の人間。ホイホイと会いに行ける相手じゃない。

当然俺にも分かっているし、母も分かっていることだろう。

「…本当に、会いに来て良いって?」

「うん…。そう約束した」

「…そう…」

「…やっぱり、駄目?」

駄目と言われたら、俺はどうするつもりなのだろう。

約束…破ったことになるよな。

ルトリア…悲しむだろうか。

それとも、あんな約束は建前みたいなもので…もう、忘れてしまっているだろうか?

いや、そんなはずはない…。そんなはずはないと信じたいが。

我が儘を言って、母を困らせたくはなかった。

「…ごめん。駄目なら…良い」

「…いいえ。駄目じゃないわよ」

「…え?」

…駄目じゃない?

「約束したんでしょう?行っておいで。約束は破っちゃいけないわ」

「…良いの?」

てっきり、行ってはいけないと言われるものだと。

「良いわよ。あなたがそんなに楽しそうに同年代の子と話すなんて、初めてだし…。向こうが良いと行ってくれたのでしょう?行っておいで」

「…!」

また会いに行ける。ルトリアに。

そう思うと、心から嬉しかった。
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