Music of Frontier
うちの母が焼いたケーキを出すと、ルトリアは嬉しそうにそれを頬張った。

…どうだろう。ルトリアは、幼い頃から「本物」を与えられて育ってきた。

つまり、舌が肥えているのだ。

特にスイーツ男子であるルトリアは、古今東西あらゆるスイーツを食べてきた。

そんじょそこらのケーキじゃ、ルトリアを唸らせることは出来ない。

「何これ不味い。手作りケーキとかダサッ」なんて言われたら、どうしよう。

ルトリアは、そういうことは思ってても言わないだろうが…。

美味しくないと言われてしまうと、俺も落ち込む。

俺は昔から、この母のケーキを食べつけてきたから。

「…どう?美味い?」

恐る恐る尋ねてみると、ルトリアは目をきらんきらん輝かせながら答えた。

「ん~!美味い!何ですかこれ!」

…何ですかって…。

「ケーキ…。うちの母親の手作りの」

「手作り!これが?こんなケーキを家で作れるなんて…。ルクシー、つかぬことをお聞きしても…?」

「…何?」

「…あなたのお母さん…。さてはゴッドハンドをお持ちですね…?」

「…いや、ごく普通の…人間の手だと思うけど…」

特にあの手がゴッドかと言われると…そうではない。

普通の手だ。

「そうですか。こんなケーキが作れるなんて凄いですね」

「気に入ってくれたか?」

「何ならホールごと貪り食いたいくらい気に入りました」

…別にホールごと掻き込んでくれても構わないけど。

そんなに気に入ったのか。それは良かった。

「良いなぁ、羨ましいなぁ…。俺もルクシーのお母さんみたいなお母さんが欲しかったです…」

「そうか…?」

「そうですよ…。だって、こんなお母さんいたら…毎日美味しいケーキ食べ放題じゃないですか…」

「…」

…うちの母だって、毎日ケーキ作ってる訳じゃないぞ?

精々一週間に一回か…体調が悪い日が続いたときは、台所になんて立てないし。

「それに、優しそうだったじゃないですか。俺がルクシーと仲良くしてても何も言わないし。羨ましいです」

「それは…仕方ないんじゃないか?俺の身分が低いのは事実だし…」

「身分、身分…。うちの親もよく言ってますよ。身の丈に合った人間と付き合え、って…。俺から言わせたら、糞下らないですけどね」

ルトリアは、少しイラついたように吐き捨てた。

…糞下らない、とまで言うか。

でもその糞下らないことにこだわって、固執してる人がいるんだよ。

ルトリアの両親みたいな人がさ。

「相手がどんな生まれか、より…。その相手がどんな人か、の方が遥かに大事だと思いません?」

「俺もそう思うけど…。でも…ルトリアの両親は、そう思ってないんだろ?」

「…」

ルトリアは、しゅん、と沈み込んだ。

「…まぁ、俺は別に気にしてないから…。お前もそんなに気にするなよ、ルトリア」

「…ルクシーのこと、よく知りもしないのに…悪く言われるのは気分悪いですよ」

「そうか…。そう言ってくれるだけで充分だよ」

別に結婚を認めてもらわなきゃいけない訳じゃないんだからさ。

適当な距離を保って、仲良くするくらいなら。

「…ルクシー。俺の親、あんなですけど…。俺とは仲良くしてくださいね」

「そりゃ俺の台詞だよ」

「あなたは、俺の人生初めての友達なので…」

「…それも、俺の台詞だよ」

生まれは、確かに違うけれども。

そういうところは、ルトリアは俺と同じだった。

俺達がお互いに惹かれ合ったのは、そういう理由なのかもしれない。
< 86 / 564 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop