恋忘れ
「ここまで来ればもう大丈夫だよな。」
あれから私たちは何も話さなかった。
話せなかった、という方が正しい気がしたけれどそんなのはもうどっちだっていいのだ。
大通りに出てコンビニの近くに着く。
ここなら来たこともあるし大丈夫だとそう頷いた私に陽翔君は笑って手を振った。
「うん。ありがとう。」
「おぅ。じゃあな。」
「じゃあ、ね。」
もうこれで最後なんだな、と思うとまた泣きそうになる。
彼が振り返らないことは分かっているのに、それでもその後ろ姿から目が離せなかった。
「行っちゃった。」
そこで気づく、彼のパーカーを着たままなことに。
連絡するべきかなんて考えが一瞬過ぎったけれどあいにくスマホは忘れてきたのでそんな考えもすぐに捨てた。
段々と日が沈んでいくのに私はその場合に蹲ったまま暁さんの待つあの家へと足を踏み出せないでいた。
急にこれからどこに帰ればいいのかも分からなくなってしまう。
頭では分かっていても気持ちが追いつかない。
帰ってもどうせまた暁さんにも迷惑をかけてしまうんじゃないかと、そう思うと嫌だった。
俯いて目を閉じる。
考えても分からないことがずっと頭の中でぐるぐる回っていた。
「冬羽」
「え?」
私の頭上で聞き慣れた声が聞こえて、驚いて顔を上げるとそこには息を切らして泣きそうな顔をした暁さんがいた。
「良かった、っ…。本当に良かった。」
そう言いながら私の目線までしゃがむとそのまま私を抱き締めた。
「なんでここ」
「探した。めちゃくちゃ探した。冬羽が行きそうなところ全部。」
肩で呼吸を整える音が私の耳元で聞こえてくる。
「ごめん、なさい」
思わず暁さんの柔らかい黒髪をそっと撫でた。
「…泣いてるの?」
「っ…かもね」
抱き締められていて顔が見えないので何となくで聞いてみると曖昧に返事をされた。
「冬羽。帰ろう、一緒に」
「でも…怒ってないの?」
我ながら子どもみたいだなと思う。
だけど確かめなければ私はこの人ともう話せなくなる気がした。
暁さんは私から少し体を離すと目線を合わせる。
その頬は涙で濡れていた。
「怒ってるよ。めちゃくちゃ怒ってる。」
真っすぐ私を見つめるその瞳から視線が逸らせない。
「もう、勝手にいなくなんないで。」
怒っている理由が私の思っていた理由とあまりにも違っていて自分はなんて馬鹿なことをしたのだろうとやっと気づいた。
「もう勝手に俺の所からいなくならないで。」
返事をせずに固まっている私に念を押すように暁さんはもう一度そう言った。
「帰ろう?」
暁さんからのその言葉に私はようやく頷くことができたのだ。
「ただいま。」
暁さんが先にそう言った。
気まずくて口ごもっているとまるで冬羽は?なんて言っているような目線を送られるので
「あ、えと、ただいま?」
と咄嗟に答えた。
「ふっ、なんで疑問形なの。」
「なんとなく。」
変なのと言って笑った暁さんが先にリビングに入っていった。
私もその後に続いて着ていたパーカーを脱ぎながら進む。
いつもの日常にすぐに戻ったみたいだった。
「そういえばそのパーカーどうした?」
何でもないような顔をして、だけど私と目を合わせずに聞いた暁さんの顔は明らかに曇っていた。
大方察しは付いている、といったふうだ。
言おうか悩んで黙ったままの私に「いいよ」と曖昧に微笑む。
「答えなくていいよ。冬羽が言いたくなった時に話してくれれば。」
そんなふうに明るく振る舞う癖に話す声は不安げに揺れている。
ふと陽翔君の言葉を思い出した。
’’暁さんなら絶対何があっても冬羽を泣かせたりしない’’
そんなふうに私を想ってくれている人にこれ以上嘘をつきたくないと素直にそう思った。
「ううん。話すよ。話させて、くれますか」
「冬羽。言いたくないことは無理に聞かないから。俺は大丈夫だよ。」
大丈夫だと言うのに不安げに目を逸らすその隣に腰を下ろして私から目を合わせた。
「違うの。私が、そうしたいんだ。」
「分かった。それじゃあ聞くよ。」
「うん。あのね…」
私は家から飛び出した後のことをぽつりぽつり話し出した。
怖いと思った。
でもそれは自分が嫌われることがとかじゃなく、私の本当の気持ちを知ってこの人を傷つけてしまうことが怖かった。
時々、私が言葉に詰まっても急かすことなくずっと待ってくれる。
優しい目をして頷いてくれる。
あぁこの人は本当に私を大切に想ってくれているのだとそう感じさせるようなそんな顔をしていた。
「ごめんなさい。ずっと言えなくて。だけど、本当はずっと言いたかった。」
泣かないと決めていたのに。
私が泣くのなんて暁さんが泣いてからだって決まっているのに。
堪えた涙を飲み込むようにゆっくりと息を吐いた。
「知ってたよ。」
それはあまりにも自然な口ぶりだった。
「冬羽が陽翔のことだけが好きだなんてとっくに気づいてたよ。パーカーのことも、誰のかなんてすぐに分かったし。さっき冬羽を抱き締めたとき一瞬であいつの顔がよぎったよ。」
渇いた声で暁さんは笑う。
「じゃあなんで、なんで私に帰ろうって言ったの?」
「だからかな。誰にも渡したくないって本気で思った。俺のことをちゃんと見てほしい、俺だけをって。」
初めて目の当たりにするその想いに胸が締め付けられる。
「冬羽」
俯いて黙っていた私の頬にそっと触れて顔を上に向かせると暁さんは続けた。
「好きだよ。俺は、本当に冬羽意外は何もいらないんだ。」
「暁さん…」
「本当はもっと大人ぶってさ、余裕のある男でいたかったんだ。もし冬羽が陽翔の所へ戻るって言ったら"いいよ""行きなよ"って言うつもりだった。」
私の頬に触れた大きな手のひらが少し震えている。
「だけどあの日言えなかった。冬羽が俺のことを嫌だと言えないことも気づいていて、それを分かって側に居させてくれだなんて。」
「暁さん」
私が制するように名前を呼んでも待って、と言うように首を横に振って微笑んだ。
「でも、もう嘘をつくのはやめにする。冬羽。俺の彼女になって。何があっても冬羽のこと守るから、悲しい思いもさせない、大切にする。だから俺のことを好きになって。」
祈りのようなその告白に、私を見つめた真っ直ぐな瞳に初めてちゃんとその想いに応えたいと強く思った。
もう逃げないって決めたんだ。
幸せにしてもらうばかりで何も返せていなかったのだから今度は私がこの人を幸せにしてあげたい。
この人の側にいたい。
「私を暁さんの彼女に、してください。」
時が止まったかのような静かな部屋で時計の秒針の音が響いていた。
「…うん。大切にする。」
するりと私の髪を細い指が通る。
暁さんのその声はこの世界の誰よりも優しい声をしていると思った。
あれから私たちは何も話さなかった。
話せなかった、という方が正しい気がしたけれどそんなのはもうどっちだっていいのだ。
大通りに出てコンビニの近くに着く。
ここなら来たこともあるし大丈夫だとそう頷いた私に陽翔君は笑って手を振った。
「うん。ありがとう。」
「おぅ。じゃあな。」
「じゃあ、ね。」
もうこれで最後なんだな、と思うとまた泣きそうになる。
彼が振り返らないことは分かっているのに、それでもその後ろ姿から目が離せなかった。
「行っちゃった。」
そこで気づく、彼のパーカーを着たままなことに。
連絡するべきかなんて考えが一瞬過ぎったけれどあいにくスマホは忘れてきたのでそんな考えもすぐに捨てた。
段々と日が沈んでいくのに私はその場合に蹲ったまま暁さんの待つあの家へと足を踏み出せないでいた。
急にこれからどこに帰ればいいのかも分からなくなってしまう。
頭では分かっていても気持ちが追いつかない。
帰ってもどうせまた暁さんにも迷惑をかけてしまうんじゃないかと、そう思うと嫌だった。
俯いて目を閉じる。
考えても分からないことがずっと頭の中でぐるぐる回っていた。
「冬羽」
「え?」
私の頭上で聞き慣れた声が聞こえて、驚いて顔を上げるとそこには息を切らして泣きそうな顔をした暁さんがいた。
「良かった、っ…。本当に良かった。」
そう言いながら私の目線までしゃがむとそのまま私を抱き締めた。
「なんでここ」
「探した。めちゃくちゃ探した。冬羽が行きそうなところ全部。」
肩で呼吸を整える音が私の耳元で聞こえてくる。
「ごめん、なさい」
思わず暁さんの柔らかい黒髪をそっと撫でた。
「…泣いてるの?」
「っ…かもね」
抱き締められていて顔が見えないので何となくで聞いてみると曖昧に返事をされた。
「冬羽。帰ろう、一緒に」
「でも…怒ってないの?」
我ながら子どもみたいだなと思う。
だけど確かめなければ私はこの人ともう話せなくなる気がした。
暁さんは私から少し体を離すと目線を合わせる。
その頬は涙で濡れていた。
「怒ってるよ。めちゃくちゃ怒ってる。」
真っすぐ私を見つめるその瞳から視線が逸らせない。
「もう、勝手にいなくなんないで。」
怒っている理由が私の思っていた理由とあまりにも違っていて自分はなんて馬鹿なことをしたのだろうとやっと気づいた。
「もう勝手に俺の所からいなくならないで。」
返事をせずに固まっている私に念を押すように暁さんはもう一度そう言った。
「帰ろう?」
暁さんからのその言葉に私はようやく頷くことができたのだ。
「ただいま。」
暁さんが先にそう言った。
気まずくて口ごもっているとまるで冬羽は?なんて言っているような目線を送られるので
「あ、えと、ただいま?」
と咄嗟に答えた。
「ふっ、なんで疑問形なの。」
「なんとなく。」
変なのと言って笑った暁さんが先にリビングに入っていった。
私もその後に続いて着ていたパーカーを脱ぎながら進む。
いつもの日常にすぐに戻ったみたいだった。
「そういえばそのパーカーどうした?」
何でもないような顔をして、だけど私と目を合わせずに聞いた暁さんの顔は明らかに曇っていた。
大方察しは付いている、といったふうだ。
言おうか悩んで黙ったままの私に「いいよ」と曖昧に微笑む。
「答えなくていいよ。冬羽が言いたくなった時に話してくれれば。」
そんなふうに明るく振る舞う癖に話す声は不安げに揺れている。
ふと陽翔君の言葉を思い出した。
’’暁さんなら絶対何があっても冬羽を泣かせたりしない’’
そんなふうに私を想ってくれている人にこれ以上嘘をつきたくないと素直にそう思った。
「ううん。話すよ。話させて、くれますか」
「冬羽。言いたくないことは無理に聞かないから。俺は大丈夫だよ。」
大丈夫だと言うのに不安げに目を逸らすその隣に腰を下ろして私から目を合わせた。
「違うの。私が、そうしたいんだ。」
「分かった。それじゃあ聞くよ。」
「うん。あのね…」
私は家から飛び出した後のことをぽつりぽつり話し出した。
怖いと思った。
でもそれは自分が嫌われることがとかじゃなく、私の本当の気持ちを知ってこの人を傷つけてしまうことが怖かった。
時々、私が言葉に詰まっても急かすことなくずっと待ってくれる。
優しい目をして頷いてくれる。
あぁこの人は本当に私を大切に想ってくれているのだとそう感じさせるようなそんな顔をしていた。
「ごめんなさい。ずっと言えなくて。だけど、本当はずっと言いたかった。」
泣かないと決めていたのに。
私が泣くのなんて暁さんが泣いてからだって決まっているのに。
堪えた涙を飲み込むようにゆっくりと息を吐いた。
「知ってたよ。」
それはあまりにも自然な口ぶりだった。
「冬羽が陽翔のことだけが好きだなんてとっくに気づいてたよ。パーカーのことも、誰のかなんてすぐに分かったし。さっき冬羽を抱き締めたとき一瞬であいつの顔がよぎったよ。」
渇いた声で暁さんは笑う。
「じゃあなんで、なんで私に帰ろうって言ったの?」
「だからかな。誰にも渡したくないって本気で思った。俺のことをちゃんと見てほしい、俺だけをって。」
初めて目の当たりにするその想いに胸が締め付けられる。
「冬羽」
俯いて黙っていた私の頬にそっと触れて顔を上に向かせると暁さんは続けた。
「好きだよ。俺は、本当に冬羽意外は何もいらないんだ。」
「暁さん…」
「本当はもっと大人ぶってさ、余裕のある男でいたかったんだ。もし冬羽が陽翔の所へ戻るって言ったら"いいよ""行きなよ"って言うつもりだった。」
私の頬に触れた大きな手のひらが少し震えている。
「だけどあの日言えなかった。冬羽が俺のことを嫌だと言えないことも気づいていて、それを分かって側に居させてくれだなんて。」
「暁さん」
私が制するように名前を呼んでも待って、と言うように首を横に振って微笑んだ。
「でも、もう嘘をつくのはやめにする。冬羽。俺の彼女になって。何があっても冬羽のこと守るから、悲しい思いもさせない、大切にする。だから俺のことを好きになって。」
祈りのようなその告白に、私を見つめた真っ直ぐな瞳に初めてちゃんとその想いに応えたいと強く思った。
もう逃げないって決めたんだ。
幸せにしてもらうばかりで何も返せていなかったのだから今度は私がこの人を幸せにしてあげたい。
この人の側にいたい。
「私を暁さんの彼女に、してください。」
時が止まったかのような静かな部屋で時計の秒針の音が響いていた。
「…うん。大切にする。」
するりと私の髪を細い指が通る。
暁さんのその声はこの世界の誰よりも優しい声をしていると思った。