恋忘れ
季節はあっという間に冬を迎えた。

「冬羽これは?どう飾る?」

クリスマスツリーのオーナメントを手に暁さんがツリーの周りを行ったりきたりしている。

夕飯の支度をしていた私は手を止めてリビングに戻ると眉間に皺を寄せて自信なさげにクリスマスツリーの前で立ち止まっている暁さんが目に飛び込んできた。

「んー?どれ?って何でそれがそこに?待って待って普通逆じゃない?」

「何だよ。そんなに笑う?」

「だって。いつも暁さん何でも出来るのに。」

「何だよそれ。俺にだって苦手なことのひとつやふたつ、いやもっとあるんだよ。」

「嘘だぁ。」

「本当だって。」


私が記憶を取り戻してからニ年が経った。
暁さんとは相変わらず穏やかな毎日を過ごしている。

それが当たり前になりつつある今はまるで全て夢なのではないかと思ってしまう。


「貸して。ほら、こんな感じ。可愛くない?」

暁さんから手渡されたクリスマスツリーのオーナメントを正しい位置に飾りつけるとそれっぽくなり満足げに聞いてみる。

「うん。可愛い」

目を細めて私を眺めるから一瞬自分に言われたのかと勘違いして戸惑った。

「で、でしょ?このオーナメントはこう飾ると可愛いんだよね。」

「ううん。冬羽が可愛いって言って言ったんだけど。」

「…えーと。あぁ、はい。」

自分の顔に一気に体温が集まるのが分かる。
そのせいで適当な返事しかできなかった。

「照れてるの?」

悪戯な顔をして楽しんでいる暁さんを見るのはもうこれで何回目だろう。

付き合い始めてから分かったこと。
暁さんは案外悪戯好きだということ。
そして、私は案外鈍いということ。

「またすぐそうやって揶揄う。」

暁さんに背を向けて残りのオーナメントを手に取る。
それをいいことにふいに後ろから抱き締められた。

「どうか、しました?」

暁さんのこういうペースに私は未だに慣れないでいる。

「ごめん。冬が可愛くてつい?」

「ふっ、何それ。ほら離して」

私は冗談を受け流すように笑いながら、抱き締められている腕を解こうとする。
だけど体格差のせいで軽く押したくらいではびくともしなかった。

「冬羽」

耳元で響いた少し低くて優しい声色がくすぐったい。
私より背の高い暁さんの顔を下から見上げると目が合う。

それとほぼ同時にキスをされた。

恋人なのに、もう二年以上一緒にいるのに暁さんと触れ合う時は今でも緊張してしまう。

「冬羽、顔真っ赤。」

「いやだってそんなの。暁さんが急にするから。」

「へぇ、急じゃなきゃいいんだ?」

「そういうわけではなくて。」

暁さんといると自分がまるで子どものように思えてくる。

「ごめんごめん。可愛いからつい。怒った?」

「さぁ?どうでしょうね。」

なんて、拗ねたフリももういつものことだ。

抱き締められながら、こんな言い合いをしているなんて自分でも呆れてしまうけれど。
でも、こういうのもいいのかもしれないと思った。

「ねぇ、冬羽。」

「な、何?」

また何か変なことを言われるのかと身構えていると、暁さんは私を強く抱き締めてとても愛おしそうに言った。

「俺の彼女になってくれてありがとう。」

真剣なその言葉に胸が詰まる。
ありがとうだなんてそんなふうにまだ思っていてくれたことに泣きそうになった。

「大好きだよ。」

暁さんはそう言うと再び私にキスをした。
私から見えた暁さんの耳が赤く染まっていた。

その無自覚の照れは私だけの秘密にしておくことにしよう。

抱き締められた体をするりと離して小さく息を吸い込んだ。

「ほら。飾りつけ終わらせちゃおうよ。」

「えー、まだこのままがいい。」

「だめです!そう言って昨日も終わらなかったんだから!今日やるの。」

「残念。じゃあやりますか。」

暁さんは微笑んでのんびりと返事をするとオーナメントをまた手に取った。

私はその足でキッチンに戻ると夕飯の準備を再開する。
冷蔵庫を開けて今夜のおかずのことを考えていると作りたいものの食材が足りないことに気づいた。

「暁さんごめん。私ちょっとスーパー行ってくる。」

「今から?」

なんで?という顔をしてキッチンを覗き込むので買い忘れがあることを告げた。

時刻は19時を迎えていたけれどスーパーの閉店時間は20時なのでまだ余裕で間に合う。

「うん。すぐそこだし行ってきちゃう。」

「あー、じゃあそれなら俺も行くよ。」

「え?いいよいいよ。外寒いし。」

季節は12月。厚手のコートでも街の風が冷たい。

「冬羽の方こそ寒がりなんだから。俺は平気だよ。ほら、上着着て。さっさと行っちゃおう。」

こういう時の暁さんは有無を言わさない強さがあって
あっという間に言われるがまま結局ふたりでスーパーに行くことになってしまった。

申し訳ないなと思いながらチラッと暁さんを見上げる。

「ん?」

「ごめんね。ついてきてもらっちゃって。」

「何のこと?てか、こんな時間に彼女のことひとりで外出さないでしょ。」

マンションのエントランスを出ながらさも当たり前かのようにそんな言葉を口にした。

「でもまだ19時だよ?」

「もう真っ暗でしょ。いいの、俺がそうしたいだけだから。」

暁さんはそう言って自然に私の手を取った。
私もそれを当たり前だと言うように握り返した。

「ありがと。」

「どういたしまして。あ、そういえばさ」

そこからスーパーに着くまでの道中これから観たい映画の話やクリスマスの話しなんかをした。

暁さんの話はいつも面白くて私の知らないことを沢山知っていて楽しい。

恋人なのに、お兄さんみたいな不思議な人だと思う。

「冬羽寒いんでしょ。」

「そりゃあ寒いよ。」

「だろうね。鼻真っ赤。」

スーパーに着くなり私の赤い鼻をからかう暁さん。

そして当たり前かのようにレジカゴを持ってくれる。

そういうところが好きだったりもする。

「何買い忘れたの?」

「あ、そうそうえっとね。」

いくつか買い足したいものもあったのでスマホを見てそれを暁さんに伝えた。

「じゃあ俺あっち見てくるよ。」

今いる場所と反対方向を指差すその足はもう歩き出そうとしていた。

「え?いいの?」

「うん。いつものでいいんだよね。」

"いつもの"が分かるくらいに私たちはもう随分一緒にいるのだと気付かされる。

「そう。ありがとね。助かります。」

「いえいえ」

お互いに微笑んでから反対方向へと歩き出した。

何となく気になって振り返ると同じタイミングでそうしていた私たちは目が合うと照れくさくて
私が思わず吹き出すと早くと暁さんの口が動いたのが見えた。

軽く頷いて踵を返すと私は目的の場所に足を向けた。

「えーと、あれ?場所変わったのかな。」

いつもの場所に探していたものがなくてウロウロしているとふと耳に入った聞き覚えのあるその声に足がぴたりと止まった。

「またそれ買うのかよ。」

「えー?だってこれ美味しいじゃん。陽翔も食べたらいいのに。」

"陽翔"

そう呼ばれた彼の声は間違いなく私の知る人だった。

ふたりはスナック菓子のコーナーでしゃがんで話し込んでいるようで、私から見たら後ろ姿しか見えていない。

後ろ姿だけでも分かる。
何年もずっと一緒に過ごして来た人を見間違えるはずがないのに、でも見間違いであってほしかった。

「俺、それ好きじゃねーもん。」

「ふーん?でも私は買うもんね!」

「好きにすればいんじゃね。」

止まった足が動かない。

どうしよう。早くしないと。

彼が、こちらを振り返ってしまう。

行かなきゃ。

早く早く。

そう思うのに体がここを動きたくないと言っているみたいにまるで動かない。

ひゅっと私が息を吸うのと同時だった。

「冬羽?」

声をかけられたのは。
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