雨はまだ降り続いている…〜秘密の契約結婚〜
「作れますよ。少々お待ちください」

難しい名前の料理をリクエストされなくて安心した。肉じゃがと味噌汁なら何回も作ったことがあるので問題ない。
でもこれからはそういうわけにはいかない。様々な料理を作れるようにならなくてはならない。
契約に料理が含まれている以上、作れない料理があってはならない。これが私の仕事だから。
私は外で仕事をしていないのだから、充分に時間がある。料理について勉強してみようと思う。
今回は作ったことがある料理で、かつ比較的家庭料理として作られることが多い料理なので助かった。
手際良くいつも通りに料理を作っていく。今までは生活のために料理をしていたが、今日からは違う。
作ったら食べてくれる人がいると思うと料理をしていて楽しい。
たったそれだけのことなのに、いつもの日常に華が咲く。
きっと悠翔さんが一緒にご飯を食べるというルールを設けたのは、こういうことなのかもしれないと、料理をしながら大事なことに気づかされた。

「悠翔さん、お待たせしました…」

料理を器に装い、リビングのダイニングテーブルの上に置いた。

「良い匂い。美味しそうだな」

まだ食べてもらっていないが、悠翔さんにそう言ってもらえて嬉しかった。
あとはお口に合うかどうか。そう思うと一気に緊張感が増した。
でも早く悠翔さんに食べてほしい。悠翔さんの感想が聞きたい。

「どうぞ。召し上がれ」

私がそう言うと、悠翔さんは「いただきます」と手を合わせてから食べ始めた。
各ご家庭によって料理は微妙に味が違うので、悠翔さんのお口に合うことを願った。

「…美味しい。奈緒は料理が上手なんだな」

悠翔さんのお口に合ったみたいで安心した。
それに料理の腕を褒めてもらえて嬉しかった。

「本当ですか?悠翔さんにそう言ってもらえて光栄です」

料理の腕前はまだまだだ。これから磨いていかなければならない。
悠翔さんの奥さんとして、恥ずかしくないように頑張ろうと思う。

「自分でも料理はするけど、男の一人暮らしなんて作っても野菜炒めぐらいだけどな」

私はあの時、悠翔さんが作ってくれた野菜炒めが美味しかったので好きだ。
もしかしたら私はあの時、悠翔さんに胃袋を掴まれたから、偽装結婚をしてもいいと思ったのかもしれない。
もう悠翔さんの料理を食べることは契約上できないが、私にとっては忘れられない料理となった。

「それで充分だと思いますよ。私は悠翔さんが作った野菜炒め、美味しかったので好きです」

これぐらいなら伝えてもいいはず。私にとってあの日は忘れられない日だ。
だからこそ悠翔さんに伝えたかった。悠翔さんに出会えたからこそ今の生活があると…。

「そう言ってくれてありがとうな。俺はこれから毎日、奈緒が作る美味しい料理が食べられると思うとすげー幸せだ」

この関係が偽装結婚でなければ、今頃この言葉に堕ちていたかもしれない。
でもこの言葉に深い意味はない。単純に料理が美味しいという意味合いに過ぎない。
悠翔さんがもっと冷徹な人だったら、こんなにも心が乱されることなんてなかったのに…。
この人はずるい。他意はないのに無自覚に人を惑わせてくる。
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