桜のころ

花火大会 2

 隼人達は花火が見える場所に陣取った。
 一緒に来ている中学の同級生男子達は「さっきの浴衣の子たち可愛かったよな」と言い合っている。
 一人が「あの二人はカップルっぽいよな」と言い出した。愛梨と水野のことだろう。
 アナウンスの後に音楽が流れ、花火が上がった。
 歓声が上がり、拍手している人もいる。
 佑香は明らかに口数が少なくなった隼人を見る。
「木下さんとサッカー部の水野くんって仲いいの?」
「…さぁ…」
「さぁって…」
「なんか、中学の時塾が一緒だったらしいけど、それ以上は聞いてない」
 その時ぽつりと雨が降ってきた。
 周りがざわざわしだしたのと並行するように雨足はだんだん強くなってきた。
「マジか」
「とりあえず屋根のところへ移動しよう」
 花火は続いているが、あちらこちらでレジャーシートが片付けられていった。

 日菜子達も雨宿りできる場所に移動してきた。
 麻帆がスマホを見ながら「やばい」と焦っている。
「どうしたの?」
「トイレに行った愛梨に後でメッセージすればいいと思ってたんだけど、回線混んでるみたいで繋がらない」
「俺のスマホもダメだ」
 水野もスマホを何度もタップする。
「とりあえず雨がマシになったら出口の方に向かってみよっか」
 麻帆はそう言ったが、水野は林間学校の夜の苦しそうにしていた愛梨を思い出していた。
(木下は暗い所がダメなんだよ)

 多くの人が屋根のある場所に慌てて移動してきたが、小雨になると駅のほうに帰る人たちも出てきた。
 花火中断のアナウンスが流れ、回線が混んでいることも伝えられた。
 愛梨はスマホを取り出し日菜子と麻帆にメッセージを送ろうとしたが、なかなかメッセージアプリにアクセスできない。
(みんなも雨宿りしてるのかな)
 ふと見るとビールの缶を持った三人の男と目が合った。
 こちらを見ては三人で笑い合っている。
 愛梨は背筋がゾクっとした。
 急いで目を逸らしてバッグの中の薬を確認する。
(駅に向かおう)
 愛梨が歩き出すと、男達が近づいてきた。

 隼人達は花火会場を出ようとしたところで、水野に出会った。
「木下見なかった?」
 水野の息が上がっていて、髪から雨の雫がしたたり落ちている。
「トイレに行った木下とはぐれて、スマホも繋がらないんだ」
「駅には来るだろうし待ってればいいんじゃない」
 佑香はこう言ったが、水野の焦りの表情は変わらない。
「木下、暗い所ダメなんだよ。林間学校の時みたいにまた倒れたら…」
 隼人の顔も青ざめた。
「俺も探すよ」
 佑香達には先に駅に向かうよう伝え、隼人と水野は花火会場に引き返し、二手に分かれた。
 隼人は水野の焦り方が気になった。
(あいつは愛梨のこと、どこまで知ってんだ)

「一人?」
 ビールの缶を持った男達が愛梨に近づいてきた。
 愛梨は目を合わさずにその場を離れようとする。
「無視しなくてもいいじゃん」
 男達三人が愛梨の前を塞いだ。
 胸が締め付けられる感じがして息がしづらくなってきた。
 声が出せない。
 男の一人が愛梨の肩に手を置こうとした時、
「何してるんですか?」
 愛梨の背後から声がした。
 隼人が素早く愛梨と男達の間に入ってきた。
 男達が一瞬怯んだ隙に、隼人は愛梨の手を取って歩き出す。
 隼人は黙ったままどんどん進んで行くが、下駄の愛梨はついて行くのに必死だ。
「隼人、早いよ」
 隼人は慌てて振り向いて止まった。
「ごめん、大丈夫か?」
「…うん…助けてくれてありがとう」
 愛梨はなんとか笑顔を作ってそう言ったものの、繋いだ手が微かに震えている。
「何もされなかった?」
「…大丈夫」
 隼人は震える手をそっと握りしめた。
 愛梨は雨に濡れた隼人の髪を見上げながら胸がぎゅっとなるのを抑えられない。
 二人の横を通り過ぎて行く人たちの様々な話し声が聞こえるが、愛梨の耳には自分の心臓の音のほうが大きく聞こえる。
 愛梨のスマホが鳴った。
「麻帆からメッセージきた」
「繋がるようになってきたな」
 隼人も自分のスマホを確認する。
「みんなに無事だったこと伝えて、先に帰ってもらおうか」
 隼人は愛梨の目をじっと見つめ「家まで送るよ」と続けた。
「水野くんからもすごい着信きてる」
 愛梨がメッセージするとすぐに水野から電話がかかってきた。応答すると同時に「大丈夫か!?」と隼人にも聞こえる程の大きな声がした。
 愛梨は隼人に出会ってこれから家まで送ってもらうことを話し、電話を切った。
「めちゃくちゃ心配してただろ、水野」
 隼人はそう言いながらまた愛梨の手をそっと握った。
「震え、マシになってきたな」
「あ…」
 愛梨は隼人から目を逸らし手を離そうとしがた、隼人はそれを許さなかった。
 男の子の大きな手。
 意識したらまた心臓の音が大きくなる。
「あのさ…水野とどのくらい仲いいの?…ほんとに塾が一緒だっただけ?」
 隼人は少しかすれた声で言った。
「そうだよ。今日の花火大会も偶然会っただけだし…」
 愛梨はそう答えながら佑香のことを思い出した。
「そっちこそ、城見さんを放っておいていいの?」
「他の友達もいるし大丈夫だよ。それよりお前を一人にしておけるわけないだろ。さっきも震えるほど怖い思いしたのに」
 愛梨は隼人を見上げる。
「うん、ほんとに助けてくれてありがとう」
「礼はさっき聞いた」
 隼人はそう言って愛梨の手を握ったまま歩き出した。
「二人ともずぶ濡れだね」
「汗かいたからちょうどいい」
歩きながらこんな他愛もない会話をしていると、いつの間にか愛梨の手の震えはすっかり治まっていた。
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