ゆるりっ子
5時の鐘が鳴った。
お疲れ様でーすと職員さんに伝えて、私服に着替え、境内を出る。
外は少し紺色が混ざっていた。
暗くなる前に、スーパーに寄って帰るには、急いだ方がいいな。
小走りで移動していると、既視感のある後ろ姿。
あれは、真剣な佐藤くん、帰宅バージョンかな。
自転車じゃないんだ?
案外近所だったりして。
ちょっと話しかけてみようかなぁ。少しだけなら、いいよね!佐藤くんの明るさを期待して、口角が上がった。
走るスピードを上げて、佐藤くんの後ろから声を掛ける。
「やっほー、佐藤くーん!」
手を振り、ダッシュする。
喧しい雑音で存在に気づいたようで、振り返って、心底驚いた表情の佐藤くんがいた。
「…え!?」
身体は思いっきり固まり、口はあんぐりと開いている。
「…おひさー。学校ぶりだね!ふふ」
「…わー!えー、うん、学校ぶり。…私服だ」
ちょっと目線を下げた佐藤くんは呟く。
「?佐藤くんは放課後何してたの?部活帰り?サッカー?かっこいいんだろうなー」
佐藤くんのことを観察しながら、どうしていたのか、普通に部活帰り立ち寄ったのか、とか気になっていた私は、沢山話しかけてしまう。
「…うーん、だといいね。今日は適当に、荒澤公園の近くの池の外周とか、走っただけなんだ。テストの成績悪かったから30分くらい」

「どんまい。ご愁傷様だわ」

やっぱり悪かったんだな。平均点も悪かったけど、普段から悪い私みたいな人は更にやばかった。

同情で涙を誘う。

「…うん、次こそは」
「だね。やるしかね」
2人で次を誓った。

どうなるか知らないけど。

「…そういえば、もしかして放課後走ってたの?私服だよね」
佐藤くんは私の放課後が気になったようだ。
帰宅部のくせに授業中もよく寝てるもんね。
「…うん。…そんなとこ」

なんか面倒臭くて嘘をついた。

「…髪、似合ってるね」
もしかして、髪を縛っていることを指しているのかな
強風の中掃除するにはポニーテールが最適だったから。
「あー、邪魔なんだよね」
「へー、俺結構短い」
「うん。結構艶々、尊敬」
茶髪に染めているけど、地毛のように艶々だ。
佐藤くんの髪を指先で少し触れる。

あれ、もしかして地毛かも知れない


佐藤くんとわいわい、2人の道が違くなるまで話すことにした。
スーパーが近づいた頃、佐藤くんがあの、と切り出した。
見上げれば、なぜか眉は下がり、申し訳なさそうな顔をしていた。
…子犬みたい、とこっそり思う。

「…あの、もし良ければ、本当予定とか大丈夫だったらでいいんだけど、今週末って空いてる?実はサッカーの練習試合があるんだけど、マネージャーたちがみんなインフルエンザにかかって、手伝ってくれる人が居ないから、良ければ手伝いに来てくれたらなーと」
今週末。ふむ。

サッカーっていろいろヘルプいりそうだよねぇ。

せっかく声掛けてくれたんだし、予定もないよね。ゆうくんのために週末は空けてるし。
「いいよ!いつ行けばいいの?うちのグラウンド?」
「え、まじ?手伝ってくれる?いいの?3時間くらいかかるけど、大丈夫そう?」
「ぜーんぜん大丈夫!」
というか、わたしみたいなどこにでもいる人に声掛けるってよほど人材不足だったのかな。憐れみの目になる。

「うわああ、本当まじ、ありがとうございます…!助かるわー。あ、そうそう。場所はうちのグラウンド。で、時間は、土曜日の12時半くらいから3時半くらい!」
ほうほう。
脳内メモしつつ、午後の暑い時間にやるのか。大変だな。とか思う。邪念で忘れそう。まずい…。
「…ほう。ちなみに、スマホにメモしといても大丈夫?」
「へ?あ、いいよいいよ。ありがとう」
はにかんだ佐藤くん。わたしもにこ…と自然に笑ってしまう。


その後、何も知らないわたしに、
ちなみに、何するの?氷とか要るっけ…あ、大丈夫ね、
服装てジャージ?…推奨かあ
あれ、ホイッスルも?…使わない、だよね
数々の質問に揉みくちゃにされる目に遭った佐藤くんだけど、基本笑ってるので余計に話しかけてしまう。

サッカーのルールとか、推し選手についても教えてもらった。あとコツとか。
素人質問に優しく答えてくれる佐藤くん。

あまりにもいい人なので、中身が実は癒し系AIなのでは、なんて妄想が頭の中に浮かんでしまうのも、無理はないと思う…。
佐藤くんってこう考えるとハイスペックだな。

実はサッカーの話の大部分は分からなかったけど、佐藤くんの楽しげな顔が目に焼きついた。
スーパーが近づいた頃、佐藤くんと別れた。辺りはもうかなり暗くなっていた。
「本当に送らなくていいの?」
「…ありがとねぇ。本当優しいね。佐藤くん」
「んな訳ないって。まぁ、大丈夫ならいいのかな」
「うんうん。あ、スーパー。」
「あ、じゃ、また学校でね!ばいばい!」
自然と足先の向きは逆方向になって、遠くなったように感じる。でも、佐藤くんはわたしのことを見て明るい笑みで一回手を振ってくれる。
うん、こういう所好きだな。

まぁ、そこまで知ってるわけでもないけど、間違いなく、佐藤くんへの株は急上昇した。

「ふふ、うん。今日はありがとう!ばいばい!」
しっかり手を振ってわたしも答えたら佐藤くんも満面の笑みで振り返してくれた。
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