ブランケット彼氏にサヨナラを
#3 バレちゃった!
ボクは暗い部屋に浮かび上がるパジャマ姿の美少年に目が点になった。
スモーキーピンクと白のフランネル生地の上下、白い繊細な肌、プラチナ色に輝く細い髪、柔和な口元。
(どれをとっても童話の中から飛び出してきた王子さまじゃん!
しかも顔面偏差値が高すぎて、現実味がない‼ もう腰が抜けそう・・・!)
ボクは部屋の電気のスイッチをつけようとして思いとどまった。
もし明るくなってユウくんが消えてしまったら、今以上のダメージがあるような気がして。
それから、夢でもいいから人間のユウくんともう少しだけ話をしてみたいと思ってしまった。
「体がビリビリに裂けた時、もうダメだと思ったんだ。でも、気づいたら手足が生えていて人間になってたんだよ。」
部屋の姿見の前でくるりと回って自分の姿を確認するユウくんは「萌音と一緒!」と無邪気に微笑んだ。
「夢じゃないの? そんなマンガみたいなことがホントに・・・?」
「うん。でも実際にそうだから、受け入れるしかないよね。
魔法みたいだけど。」
ユウくんはあっけらかんと笑ったけど、ボクはユウくんの『魔法』という言葉が頭に引っかかった。
「もしかして、ボクのおばあちゃんの糸のせいかな?」
「あ、この糸のこと? 確かにここからエネルギーみたいなものを感じる。」
「おばあちゃんは『糸には魔法がある』っていつも言ってたんだ。」
魔女や魔法なんて子供だましの冗談だと思っていた。
でもこうなった以上、自称が『魔女』だったおばあちゃんのことを調べてみる価値があるかもしれない。
ボクがあごに手を当てて考えていると、ユウくんに肩を引き寄せられて、ドキッとした。
「ユウくんを助けて人間にしてくれたのは萌音なんだね。
ありがとう。」
(ヤバ!)
ユウくんに抱きしめられる寸前、ボクは慌てて体を反転させてユウくんの手から逃れた。
「や、待って!」
「なんで逃げるの?」
宙に手を舞わせたユウくんが、不満そうに眉根を寄せた。
「もうユウくんにくるまってくれないの?」
「くるまるっていうか・・・君はもうブランケットじゃないから、ボクを包むのは無理だよッ。」
「えー! そんなぁ。」
ユウくんはみるみるうちに大きな瞳に涙をためた。
鼻も赤くなって、本当に悲しそうに見える。
「ユウくんは、ユウくんだよ。」
「そうなんだけど・・・。」
可愛い顏が悲しみに歪むと、ボクが酷く悪いことをしているような気持ちになる。
ユウくんは目を潤ませながらボクの目の前で両手を合わせた。
「後悔させないから、いっかいだけ萌音をくるませてほしい。」
「だから、人間だと意味が違うんだってば!」
「お願いします!」
「ええ・・・じゃあ・・・ちょっとだけ、だよ。」
「ありがとう! 嬉しいな。」
まだこの人がユウくんだなんて信じられないけど、冷たくはできない。
私はユウくんに背を向けると、目をギュッとつぶって体を丸めた。
「いくよ。」
後ろからユウくんがそっと覆いかぶさってきて、ボクの体を包むように優しく抱きしめた。
「あれ?」
ボクは驚いた。
いつものお気に入りのブランケットの温かさと癒される感覚そのものだったから。
人間の腕に抱きしめられているような窮屈さや圧迫感はぜんぜん無くて、全身にピッタリフィットするような軽さとじんわりとした温かさ。
(まちがいない。)
ボクは確信した。
この人は、絶対にユウくんだ!
「どう?」
ユウくんが耳元で囁いてきて、ボクは恥ずかしくなったけど正直に答えた。
「・・・ぬくぬくです。」
「嫌じゃない?」
「むしろ好き。」
「ホント? わぁ、良かったー。これからも、萌音のことくるんでもいい?」
「それは・・・え、でもユウくんて、いつまで人間になってるの?」
「わかんない。」
それは困るじゃないか。
ぽわぽわしていたボクは、急にガツンとした現実に引き戻された。
今、この家にはお母さんとボクと幼稚園生の弟の萌々だけ。
「ある日突然、ブランケットが人間になったんだよ」って、どうやって二人に説明したらいいの?
その時、ボクの部屋のドアを「トントン」と軽く叩く音がして、驚いたボクはその場に飛び上がった。
「ねねー、ごはんのじかん!」
萌々だ!
焦ったボクは、とっさにユウくんに布団を被せて返事をした。
「ゴメン、今行くから開けないで!」
萌々は小さいから、すぐにドアを開けちゃう危険性がある。
布団から顔だけを出すユウくんに、ボクは先生みたいな口調で指示した。
「ユウくんいい?
ボクが戻ってくるまで、この部屋から出たらダメだからね!」
「あ。」
その時、部屋の扉がガチャッと開く音がして、廊下の灯りが煌々とボクの部屋の中を照らした。
愕然と振り向くと、逆光を浴びた萌々が無邪気にこちらを指さしている。
「ねね、その人誰?」
萌々の指さした先にいるのは、布団の中の驚いたユウくんの顏。
わーん、ユウくんが萌々に見つかっちゃった!
※
「僕はユウくんだよ。」
布団から顏を出したユウくんは、ニッコリと萌々に笑いかけた。
「ねねのお友だち?」
「そうだよ。萌音が赤ちゃんの頃から一緒のお友だち。」
「ふーん。」
萌々は恥ずかしそうにモジモジすると、ボクの背中に隠れた。
「萌々と一緒にごはん食べる?」
「そうするー。」
勝手に会話を続ける二人に、ボクは青ざめて叫んだ。
「だ、ダメ!」
萌々は唇を尖らせると、ボクのルームウェアの裾を引っ張った。
「もも、ユウくんとごはん食べる!」
「ブランケットはごはん食べないの!」
怒るボクに、萌々がぴえんと泣き出した。
「ねねがいじわるするー!」
(ああ、めんどくさい。)
ボクは萌々の態度に苛々した。
年が離れているからいつも萌々の面倒を見させられるけど、正直、萌々の気持ちの変化についていけない。
お母さんの言うことはよく聞くくせに、ボクの言うことにはいつも反発して可愛くないし、わがままだし。
一日に2・3回は癇癪を起こして泣くのも、どうしていいか分からずにうんざりする。
ボクだって、泣きたい気分なのに!
泣きわめく萌々を強引に抱っこして一階に連れて行こうとした時、ユウくんが横から萌々をヒョイと抱き上げた。
「あ。」
ユウくんが抱っこした途端、萌々はご機嫌になった。
「ユウくんあったかい!」
「フフ、仲良くしてね。」
啞然とするボクに、ユウくんが目配せした。
「嫉妬しないでね。」
※
萌々を抱っこしながら階段を降りるユウくん。
ボクはその背中を見ながら、ダイニングにいるお母さんにどう言い訳しようかを考えていた。
ユウくんが萌々を一階の廊下の床に降ろすと、萌々は走ってダイニングのドアを開けた。
「ママ、ねねとユウくん来た!」
ダイニングテーブルにランチョンマットとお箸を並べていたお母さんは小首を傾げた。
「ユウくんって・・・ああ、萌音のブランケットのこと?」
ボクをチラリと一瞥したお母さんは、箸を並べる手を止めた。
「ユウくんを直したのね。萌音、あの時はごめんね。」
「え?」
ボクは隣に立つユウくんとお母さんを交互に見比べた。
「ままー、ユウくんのごはんは?」
「またごっこ遊びかな? ハイハイ、今用意しますよ。」
足に絡みつく萌々をあやしながら、お母さんはキッチンに戻っていく。
ユウくんがポツリと小さな声で呟いた。
「お母さんには、ユウくんが見えないのかもね。」
スモーキーピンクと白のフランネル生地の上下、白い繊細な肌、プラチナ色に輝く細い髪、柔和な口元。
(どれをとっても童話の中から飛び出してきた王子さまじゃん!
しかも顔面偏差値が高すぎて、現実味がない‼ もう腰が抜けそう・・・!)
ボクは部屋の電気のスイッチをつけようとして思いとどまった。
もし明るくなってユウくんが消えてしまったら、今以上のダメージがあるような気がして。
それから、夢でもいいから人間のユウくんともう少しだけ話をしてみたいと思ってしまった。
「体がビリビリに裂けた時、もうダメだと思ったんだ。でも、気づいたら手足が生えていて人間になってたんだよ。」
部屋の姿見の前でくるりと回って自分の姿を確認するユウくんは「萌音と一緒!」と無邪気に微笑んだ。
「夢じゃないの? そんなマンガみたいなことがホントに・・・?」
「うん。でも実際にそうだから、受け入れるしかないよね。
魔法みたいだけど。」
ユウくんはあっけらかんと笑ったけど、ボクはユウくんの『魔法』という言葉が頭に引っかかった。
「もしかして、ボクのおばあちゃんの糸のせいかな?」
「あ、この糸のこと? 確かにここからエネルギーみたいなものを感じる。」
「おばあちゃんは『糸には魔法がある』っていつも言ってたんだ。」
魔女や魔法なんて子供だましの冗談だと思っていた。
でもこうなった以上、自称が『魔女』だったおばあちゃんのことを調べてみる価値があるかもしれない。
ボクがあごに手を当てて考えていると、ユウくんに肩を引き寄せられて、ドキッとした。
「ユウくんを助けて人間にしてくれたのは萌音なんだね。
ありがとう。」
(ヤバ!)
ユウくんに抱きしめられる寸前、ボクは慌てて体を反転させてユウくんの手から逃れた。
「や、待って!」
「なんで逃げるの?」
宙に手を舞わせたユウくんが、不満そうに眉根を寄せた。
「もうユウくんにくるまってくれないの?」
「くるまるっていうか・・・君はもうブランケットじゃないから、ボクを包むのは無理だよッ。」
「えー! そんなぁ。」
ユウくんはみるみるうちに大きな瞳に涙をためた。
鼻も赤くなって、本当に悲しそうに見える。
「ユウくんは、ユウくんだよ。」
「そうなんだけど・・・。」
可愛い顏が悲しみに歪むと、ボクが酷く悪いことをしているような気持ちになる。
ユウくんは目を潤ませながらボクの目の前で両手を合わせた。
「後悔させないから、いっかいだけ萌音をくるませてほしい。」
「だから、人間だと意味が違うんだってば!」
「お願いします!」
「ええ・・・じゃあ・・・ちょっとだけ、だよ。」
「ありがとう! 嬉しいな。」
まだこの人がユウくんだなんて信じられないけど、冷たくはできない。
私はユウくんに背を向けると、目をギュッとつぶって体を丸めた。
「いくよ。」
後ろからユウくんがそっと覆いかぶさってきて、ボクの体を包むように優しく抱きしめた。
「あれ?」
ボクは驚いた。
いつものお気に入りのブランケットの温かさと癒される感覚そのものだったから。
人間の腕に抱きしめられているような窮屈さや圧迫感はぜんぜん無くて、全身にピッタリフィットするような軽さとじんわりとした温かさ。
(まちがいない。)
ボクは確信した。
この人は、絶対にユウくんだ!
「どう?」
ユウくんが耳元で囁いてきて、ボクは恥ずかしくなったけど正直に答えた。
「・・・ぬくぬくです。」
「嫌じゃない?」
「むしろ好き。」
「ホント? わぁ、良かったー。これからも、萌音のことくるんでもいい?」
「それは・・・え、でもユウくんて、いつまで人間になってるの?」
「わかんない。」
それは困るじゃないか。
ぽわぽわしていたボクは、急にガツンとした現実に引き戻された。
今、この家にはお母さんとボクと幼稚園生の弟の萌々だけ。
「ある日突然、ブランケットが人間になったんだよ」って、どうやって二人に説明したらいいの?
その時、ボクの部屋のドアを「トントン」と軽く叩く音がして、驚いたボクはその場に飛び上がった。
「ねねー、ごはんのじかん!」
萌々だ!
焦ったボクは、とっさにユウくんに布団を被せて返事をした。
「ゴメン、今行くから開けないで!」
萌々は小さいから、すぐにドアを開けちゃう危険性がある。
布団から顔だけを出すユウくんに、ボクは先生みたいな口調で指示した。
「ユウくんいい?
ボクが戻ってくるまで、この部屋から出たらダメだからね!」
「あ。」
その時、部屋の扉がガチャッと開く音がして、廊下の灯りが煌々とボクの部屋の中を照らした。
愕然と振り向くと、逆光を浴びた萌々が無邪気にこちらを指さしている。
「ねね、その人誰?」
萌々の指さした先にいるのは、布団の中の驚いたユウくんの顏。
わーん、ユウくんが萌々に見つかっちゃった!
※
「僕はユウくんだよ。」
布団から顏を出したユウくんは、ニッコリと萌々に笑いかけた。
「ねねのお友だち?」
「そうだよ。萌音が赤ちゃんの頃から一緒のお友だち。」
「ふーん。」
萌々は恥ずかしそうにモジモジすると、ボクの背中に隠れた。
「萌々と一緒にごはん食べる?」
「そうするー。」
勝手に会話を続ける二人に、ボクは青ざめて叫んだ。
「だ、ダメ!」
萌々は唇を尖らせると、ボクのルームウェアの裾を引っ張った。
「もも、ユウくんとごはん食べる!」
「ブランケットはごはん食べないの!」
怒るボクに、萌々がぴえんと泣き出した。
「ねねがいじわるするー!」
(ああ、めんどくさい。)
ボクは萌々の態度に苛々した。
年が離れているからいつも萌々の面倒を見させられるけど、正直、萌々の気持ちの変化についていけない。
お母さんの言うことはよく聞くくせに、ボクの言うことにはいつも反発して可愛くないし、わがままだし。
一日に2・3回は癇癪を起こして泣くのも、どうしていいか分からずにうんざりする。
ボクだって、泣きたい気分なのに!
泣きわめく萌々を強引に抱っこして一階に連れて行こうとした時、ユウくんが横から萌々をヒョイと抱き上げた。
「あ。」
ユウくんが抱っこした途端、萌々はご機嫌になった。
「ユウくんあったかい!」
「フフ、仲良くしてね。」
啞然とするボクに、ユウくんが目配せした。
「嫉妬しないでね。」
※
萌々を抱っこしながら階段を降りるユウくん。
ボクはその背中を見ながら、ダイニングにいるお母さんにどう言い訳しようかを考えていた。
ユウくんが萌々を一階の廊下の床に降ろすと、萌々は走ってダイニングのドアを開けた。
「ママ、ねねとユウくん来た!」
ダイニングテーブルにランチョンマットとお箸を並べていたお母さんは小首を傾げた。
「ユウくんって・・・ああ、萌音のブランケットのこと?」
ボクをチラリと一瞥したお母さんは、箸を並べる手を止めた。
「ユウくんを直したのね。萌音、あの時はごめんね。」
「え?」
ボクは隣に立つユウくんとお母さんを交互に見比べた。
「ままー、ユウくんのごはんは?」
「またごっこ遊びかな? ハイハイ、今用意しますよ。」
足に絡みつく萌々をあやしながら、お母さんはキッチンに戻っていく。
ユウくんがポツリと小さな声で呟いた。
「お母さんには、ユウくんが見えないのかもね。」