ブランケット彼氏にサヨナラを
#7 魔女の家と涙の理由
駅を出ると荒れた風雪は治まっていて、少し日差しが出ていた。
記憶のままに細い路地を20分ほど歩いたボクは、急にだだっ広い一角に出た。
その真ん中に佇む、雪国には珍しい瓦屋根に木の古民家。
「懐かしい・・・。」
ココがボクのおばあちゃんち。
軒先にはボクの身長ほどの長くて太いツララが、爪のように尖っている。
家全体には粉砂糖みたいな雪化粧が施されて、昔話の絵本に出てきそうなビジュアルだ。
呼び鈴を鳴らしてから鍵のかかっていない引き戸を力まかせに開けると、唯ちゃんが玄関まで出て来てくれた。
「うわーよく来たね、萌音!」
「お久しぶりです・・・。」
パーカーの帽子の陰から震える声を振り絞って挨拶すると、グレーのスウェット姿の唯ちゃんが豪快にボクの肩をバチンと叩いた。
「いつもの人見知り発動中?
まあ入んなさい。」
唯ちゃんはボクの手からバックを奪うように持つと、ドスドスと大きなお尻を振りながら廊下を歩いた。
気をつかわないその姿に、ボクは心の底からホッとする。
(変わらないなぁ、唯ちゃん。)
「・・・お邪魔します。」
雪の水分を吸って重くなったブーツは、脱ぐのが大変。
ようやく脱いだブーツのつま先を揃えていると、フッとおばあちゃんちの古い木の臭いが鼻先をくすぐった。
あと、ちょこっと獣くさい。
(懐かしい・・・けど。)
こんなに玄関は狭かったかな?
キョロキョロと周りを眺めていると廊下の奥からトテトテという足音がした。
茶トラ柄の猫がミャーミャー言いながら壁に身をこすりつけている。
この家の主、ニャーコだ。
「元気だった?」
目を細めて濡れた鼻先を押し付けてくるニャーコに、ボクは嬉しさがこみ上げてきて抱き上げた。
白いヒゲが増えて頬のあたりがこけたのは年のせいかな。
ニャーコの年齢は不詳だけど、確かボクが生まれる前からこの家にいたはずだから14歳以上ではあると思う。
「ニャーコも萌音のこと待ってたもんねー。」
唯ちゃんの声だけが二階の部屋から降ってきた。
ニャーコを床に降ろして軋む木の階段を登ると、あとからニャーコも登ってくる。
「あ、これ・・・懐かしい。」
階段の壁には一面におばあちゃんの作ったキルトのパッチワークや絵が飾られていて、ちょっとした作品の展示場みたいだ。
近くでよく見ると、キルトのパッチワークには一枚一枚に絵のような刺繍が施されていて絵本のように物語がありそうだ。
小さい頃は気がつかなかったけど、なかなか凝った作りになっている。
(パッチワークの隣には確か・・・。)
ボクは金色の額縁に入った絵の前で足を止めた。
ボクが幼稚園のころに、お絵かきの時間に書いたおばあちゃんの絵が、いまだにそのまま貼られていた。
鉤鼻に小さな丸眼鏡、真っ白な長い髪のおばあちゃんが静かにボクに微笑みかける。
「ただいま。」
ボクはその絵に小さくつぶやいた。
※
「ママの遺品は、大体みんなに分けちゃったからね。たいしたものは残ってないと思うよ。」
家の横の離れにあるおばあちゃんの作業部屋はガランとしていた。
(主がいないと、部屋も寂しそうだな。)
暖房器具が置いていない部屋は、上着を着ていても底冷えして鳥肌が立つ。
「裁縫道具とか、糸とかはないですか?」
「糸? 何かに使うの?」
「最近、裁縫に目覚めまして。」
「あら、いいね。ママも昔、萌音に一生懸命教えてたもんね。」
そのわりには裁縫は大の苦手だけど・・・。
ボクは自分がついたウソに心苦しくなった。
「そうだ、もしかしたら形見分けできなかったママの私物は、押し入れに残ってるかも。」
そう言うと唯ちゃんは奥の押し入れをこじ開けて、ダンボールの山からひとつを引っ張り出そうとしている。
部屋は全体的に埃が溜まっていて、埃アレルギーのボクはオーバーサイズのパーカーの袖で鼻を覆った。
(おばあちゃんは、今頃泣いているかもしれないな。)
おばあちゃんもウチのお母さんもキレイ好きだけど、唯ちゃんには遺伝しなかったみたい。
明日、帰る前にココを掃除をしようと決めたボクに、唯ちゃんが明るい声を出した。
「あったあった。『魔法の糸』!」
ボクはドキリとして聞き返した。
「え? なにそれ。」
唯ちゃんがボクの目の前に木のボビンの白い糸を見せてきた。
「ママがよく、このボビンに巻いた糸をそう呼んでいたの。」
唯ちゃんはお宝を発見した人みたいに目をキラキラと輝かせた。
「ママのおばあちゃんが、南ヨーロッパの魔女だったって言ってたのは覚えている?
これはそのおばあちゃんの代からあるボビンで、このボビンに巻いた糸を使うと不思議なことが起きるんだって。」
「し、知らなかった。」
「あー、姉さんも覚えてないって言って信じてくれなかったんだよな。
でもあたし、小っちゃい頃から記憶には自信があるのよね。」
いよいよ、確信に迫った?
ボクは息を飲んでボビンを集める唯ちゃんを見上げた。
「じゃあ、おばあちゃんはヨーロッパと日本のハーフってこと?」
「それをいうならクォーターでしょ。」
「そっか。でも、うちの家系に外国の血が入ってたなんて、ビックリ。」
「ざんねん、それってほとんど日本人よ!」
「でもでも、ボクたちは魔女の末裔ってことだよね。」
「コラコラ、本気にしちゃダメよ~。
でも、確かにこの糸で補修してもらった服は、人に素敵って褒められることが多かったかな。」
「お母さんは、ぬいぐるみが夢で喋ったこともあるって。」
「ああ、聞いたことある。他には姉さん、何か言ってた?」
「いや・・・うちのお母さんは、おばあちゃんの話をするとあんまりいい顔しない・・・。」
「そうだね、姉さんは色々ある人だから。でも、あたしは割とあの話は好きよ。」
「ボクも・・・おばあちゃんのこと、大好きだった。」
その時、胸がクッと詰まる思いがして、ボクは喉の奥を閉めた。
「・・・萌音?」
いつの間にかボクの目からは熱い涙がこぼれていた。
「あれ、なんかボク・・・ごめんなさい。」
拭いても拭いても、湧いてくる涙。
袖がびしょ濡れになった時、唯ちゃんがボクをそっと抱き寄せた。
「謝らなくていいんだよ、泣けるときには泣きな。」
ボクは唯ちゃんの柔かい大きな胸の中で号泣した。
※
ボクは泣き止むと、恥ずかしくなって子供部屋にひきこもった。
人前で泣くのは病院以来だったし、まさか唯ちゃんの前で泣くなんて。
しばらくたってから、ふと思った。
そういえば、ユウくんが帰って来ていない。
(太陽先輩と、なにかあったのかな。)
ボクは胸騒ぎを覚えた。
(どこかでブランケットの正体がバレて困ってるのかな?
それとも、唯ちゃんの家を忘れて道に迷っちゃったのかも?)
サイアクなことを考えると歯止めがきかなくなって、迷路みたいに頭の中がグルグルする。
ボクのせいで、ユウくんを危険な目に遭わせたのかも⁉
(やっぱり、駅まで戻ろう!)
ボクは上着を引っ掻けて転がるように階段を降りた。
ボクの足音に気づいた唯ちゃんが、慌てて居間から顏を出して引き留めた。
「今、ちょうど吹雪いているから外に出ないほうがいいよ!」
外は横殴りの風雪が窓を叩いている。
ボクは青ざめて唯ちゃんをすがるように見た。
「唯ちゃんあのね、ボクの大切な人が・・・。」
その時、チリンチリンと呼び鈴が鳴った。
(絶対、ユウくんだ!)
ボクはすぐさま玄関に走った。
「ユウくんおかえり!」
引き戸を力強く開けた瞬間、雪まみれのユウくんの顏が、申し訳なさそうな顔した。
「萌音、ゴメン。」
「どうしたの?」
「太陽を連れてきちゃったんだけど、いいかな?」
「た、太陽先輩を!?」
驚いたボクは雪が吹き荒れる辺りを見回した。
どこにも先輩の姿はない。
悪い冗談?
「コレ・・・。」
ユウくんの手には見たことのない、黒いブランケットが握られていた。
「太陽が僕の体に触れたら、黒いブランケットに変身したんだ!」
「え・え・えーーー⁉」
ボクは目の前が真っ暗になった。
記憶のままに細い路地を20分ほど歩いたボクは、急にだだっ広い一角に出た。
その真ん中に佇む、雪国には珍しい瓦屋根に木の古民家。
「懐かしい・・・。」
ココがボクのおばあちゃんち。
軒先にはボクの身長ほどの長くて太いツララが、爪のように尖っている。
家全体には粉砂糖みたいな雪化粧が施されて、昔話の絵本に出てきそうなビジュアルだ。
呼び鈴を鳴らしてから鍵のかかっていない引き戸を力まかせに開けると、唯ちゃんが玄関まで出て来てくれた。
「うわーよく来たね、萌音!」
「お久しぶりです・・・。」
パーカーの帽子の陰から震える声を振り絞って挨拶すると、グレーのスウェット姿の唯ちゃんが豪快にボクの肩をバチンと叩いた。
「いつもの人見知り発動中?
まあ入んなさい。」
唯ちゃんはボクの手からバックを奪うように持つと、ドスドスと大きなお尻を振りながら廊下を歩いた。
気をつかわないその姿に、ボクは心の底からホッとする。
(変わらないなぁ、唯ちゃん。)
「・・・お邪魔します。」
雪の水分を吸って重くなったブーツは、脱ぐのが大変。
ようやく脱いだブーツのつま先を揃えていると、フッとおばあちゃんちの古い木の臭いが鼻先をくすぐった。
あと、ちょこっと獣くさい。
(懐かしい・・・けど。)
こんなに玄関は狭かったかな?
キョロキョロと周りを眺めていると廊下の奥からトテトテという足音がした。
茶トラ柄の猫がミャーミャー言いながら壁に身をこすりつけている。
この家の主、ニャーコだ。
「元気だった?」
目を細めて濡れた鼻先を押し付けてくるニャーコに、ボクは嬉しさがこみ上げてきて抱き上げた。
白いヒゲが増えて頬のあたりがこけたのは年のせいかな。
ニャーコの年齢は不詳だけど、確かボクが生まれる前からこの家にいたはずだから14歳以上ではあると思う。
「ニャーコも萌音のこと待ってたもんねー。」
唯ちゃんの声だけが二階の部屋から降ってきた。
ニャーコを床に降ろして軋む木の階段を登ると、あとからニャーコも登ってくる。
「あ、これ・・・懐かしい。」
階段の壁には一面におばあちゃんの作ったキルトのパッチワークや絵が飾られていて、ちょっとした作品の展示場みたいだ。
近くでよく見ると、キルトのパッチワークには一枚一枚に絵のような刺繍が施されていて絵本のように物語がありそうだ。
小さい頃は気がつかなかったけど、なかなか凝った作りになっている。
(パッチワークの隣には確か・・・。)
ボクは金色の額縁に入った絵の前で足を止めた。
ボクが幼稚園のころに、お絵かきの時間に書いたおばあちゃんの絵が、いまだにそのまま貼られていた。
鉤鼻に小さな丸眼鏡、真っ白な長い髪のおばあちゃんが静かにボクに微笑みかける。
「ただいま。」
ボクはその絵に小さくつぶやいた。
※
「ママの遺品は、大体みんなに分けちゃったからね。たいしたものは残ってないと思うよ。」
家の横の離れにあるおばあちゃんの作業部屋はガランとしていた。
(主がいないと、部屋も寂しそうだな。)
暖房器具が置いていない部屋は、上着を着ていても底冷えして鳥肌が立つ。
「裁縫道具とか、糸とかはないですか?」
「糸? 何かに使うの?」
「最近、裁縫に目覚めまして。」
「あら、いいね。ママも昔、萌音に一生懸命教えてたもんね。」
そのわりには裁縫は大の苦手だけど・・・。
ボクは自分がついたウソに心苦しくなった。
「そうだ、もしかしたら形見分けできなかったママの私物は、押し入れに残ってるかも。」
そう言うと唯ちゃんは奥の押し入れをこじ開けて、ダンボールの山からひとつを引っ張り出そうとしている。
部屋は全体的に埃が溜まっていて、埃アレルギーのボクはオーバーサイズのパーカーの袖で鼻を覆った。
(おばあちゃんは、今頃泣いているかもしれないな。)
おばあちゃんもウチのお母さんもキレイ好きだけど、唯ちゃんには遺伝しなかったみたい。
明日、帰る前にココを掃除をしようと決めたボクに、唯ちゃんが明るい声を出した。
「あったあった。『魔法の糸』!」
ボクはドキリとして聞き返した。
「え? なにそれ。」
唯ちゃんがボクの目の前に木のボビンの白い糸を見せてきた。
「ママがよく、このボビンに巻いた糸をそう呼んでいたの。」
唯ちゃんはお宝を発見した人みたいに目をキラキラと輝かせた。
「ママのおばあちゃんが、南ヨーロッパの魔女だったって言ってたのは覚えている?
これはそのおばあちゃんの代からあるボビンで、このボビンに巻いた糸を使うと不思議なことが起きるんだって。」
「し、知らなかった。」
「あー、姉さんも覚えてないって言って信じてくれなかったんだよな。
でもあたし、小っちゃい頃から記憶には自信があるのよね。」
いよいよ、確信に迫った?
ボクは息を飲んでボビンを集める唯ちゃんを見上げた。
「じゃあ、おばあちゃんはヨーロッパと日本のハーフってこと?」
「それをいうならクォーターでしょ。」
「そっか。でも、うちの家系に外国の血が入ってたなんて、ビックリ。」
「ざんねん、それってほとんど日本人よ!」
「でもでも、ボクたちは魔女の末裔ってことだよね。」
「コラコラ、本気にしちゃダメよ~。
でも、確かにこの糸で補修してもらった服は、人に素敵って褒められることが多かったかな。」
「お母さんは、ぬいぐるみが夢で喋ったこともあるって。」
「ああ、聞いたことある。他には姉さん、何か言ってた?」
「いや・・・うちのお母さんは、おばあちゃんの話をするとあんまりいい顔しない・・・。」
「そうだね、姉さんは色々ある人だから。でも、あたしは割とあの話は好きよ。」
「ボクも・・・おばあちゃんのこと、大好きだった。」
その時、胸がクッと詰まる思いがして、ボクは喉の奥を閉めた。
「・・・萌音?」
いつの間にかボクの目からは熱い涙がこぼれていた。
「あれ、なんかボク・・・ごめんなさい。」
拭いても拭いても、湧いてくる涙。
袖がびしょ濡れになった時、唯ちゃんがボクをそっと抱き寄せた。
「謝らなくていいんだよ、泣けるときには泣きな。」
ボクは唯ちゃんの柔かい大きな胸の中で号泣した。
※
ボクは泣き止むと、恥ずかしくなって子供部屋にひきこもった。
人前で泣くのは病院以来だったし、まさか唯ちゃんの前で泣くなんて。
しばらくたってから、ふと思った。
そういえば、ユウくんが帰って来ていない。
(太陽先輩と、なにかあったのかな。)
ボクは胸騒ぎを覚えた。
(どこかでブランケットの正体がバレて困ってるのかな?
それとも、唯ちゃんの家を忘れて道に迷っちゃったのかも?)
サイアクなことを考えると歯止めがきかなくなって、迷路みたいに頭の中がグルグルする。
ボクのせいで、ユウくんを危険な目に遭わせたのかも⁉
(やっぱり、駅まで戻ろう!)
ボクは上着を引っ掻けて転がるように階段を降りた。
ボクの足音に気づいた唯ちゃんが、慌てて居間から顏を出して引き留めた。
「今、ちょうど吹雪いているから外に出ないほうがいいよ!」
外は横殴りの風雪が窓を叩いている。
ボクは青ざめて唯ちゃんをすがるように見た。
「唯ちゃんあのね、ボクの大切な人が・・・。」
その時、チリンチリンと呼び鈴が鳴った。
(絶対、ユウくんだ!)
ボクはすぐさま玄関に走った。
「ユウくんおかえり!」
引き戸を力強く開けた瞬間、雪まみれのユウくんの顏が、申し訳なさそうな顔した。
「萌音、ゴメン。」
「どうしたの?」
「太陽を連れてきちゃったんだけど、いいかな?」
「た、太陽先輩を!?」
驚いたボクは雪が吹き荒れる辺りを見回した。
どこにも先輩の姿はない。
悪い冗談?
「コレ・・・。」
ユウくんの手には見たことのない、黒いブランケットが握られていた。
「太陽が僕の体に触れたら、黒いブランケットに変身したんだ!」
「え・え・えーーー⁉」
ボクは目の前が真っ暗になった。