虐げられ続けた私ですが、怜悧な御曹司と息子に溺愛されてます


ニヤリと笑いながら、父ははっきりと言い切った。社長室にいるのは父子だけだから、本音で話しているのだとわかる。

対鶴楼というのは、かつて幕府の天領だった地方都市にある有名な旅館だ。
江戸時代に代官屋敷だった跡地を利用して、昭和初期に開業したという。
とくに庭園は当時のままの美しさを誇っている全国的にも名が通った老舗だ。だが近ごろは「経営が悪化している」と、業界で取りざたされていた。

「旅館として再起不能なら、倒してホテルにするもよし。レジャー施設や大型商業施設として土地を貸し出す手もある」

そう話す父はコスト面だけを重視しているのか、買収後は旅館として残さない可能性を隠しもしない。

「わざわざ現地に行くのですか? コンサル会社に依頼してもいいでしょう」

華怜はホテルのイベント企画が専門だからか、地方に出かけたくなさそうだ。

「ああ、言い忘れたな。現地に行くのは岳だ。華怜は岳が抜ける経営企画部のフォローに回ってくれ」

「それなら引き受けます」

東京を離れなくてもいいとわかると、華怜はあっさりいつもの明るい顔に戻った。
岳はまだ納得できなくて、再び父に尋ねた。

「対鶴楼を取り込むメリットがわが社にあるんでしょうか」

競争の激しい業界だから、高級旅館をそのまま吸収してもうま味が少ない気がする。
サービスから食事まで伝統に裏打ちされた素晴らしいものはあるだろうが、明都ホテルに利点があるとは思えない。

「あそこの先代社長とうちの会長は仲がよかったからな。どうやら危なくなったら助けるという約束を交わしていたようだ」

そう言って、やれやれというふうに肩をすくめた。
うちの会長というのは岳の祖父、前の明都ホテルグループ社長だ。父に社長の座を譲って会長になってからは、視察と称して国内外を旅している気ままな老人だ。

「つまり会長の独断というわけですね。おじいさんは情にもろいから引き受けたんでしょうが、困りましたね」

「おまけに、岳の花嫁候補まで見繕っているらしい」

「花嫁?」

ひとのいい祖父の顔が浮かんで、岳は眉を寄せた。

「ご冗談でしょう」

気安くなんでも請け負う祖父のおかげで、父や岳は苦労してきた。何度注意しても懲りないようだ。




< 2 / 141 >

この作品をシェア

pagetop