野いちご源氏物語 一三 明石(あかし)
<この世の終わりなのかもしれぬ>
と思っていらっしゃると、その翌朝からさらに風が強まって海が大荒れになった。
(かみなり)もいっそうひどくなって、誰もかれも平静ではいられなくなっている。
家来(けらい)は泣きながら、
「どうしてこんなことになってしまうのだ。父や母にも会えず、愛しい妻子の顔も見ずに死ぬのか」
(なげ)く。

源氏(げんじ)(きみ)は、
<私は潔白(けっぱく)だ。ここで命を失う理由はない>
と落ち着いて気を強く持とうとなさるけれど、周囲があまりに混乱しているので、住吉(すみよし)大社(たいしゃ)の神様にお願いなさる。
住吉(すみよし)海神(うみがみ)様、どうか海をお(しず)めくださいませ。お鎮めいただけましたら、たくさんのお礼を差し上げましょう」
家来たちも源氏の君をお助けしたい一心で、神様や(ほとけ)様にお祈りしはじめた。

源氏の君はさらに、悪夢の原因と思われる、海の底の竜王(りゅうおう)にもお願いなさる。
するとその途端(とたん)、お部屋のすぐ近くの渡り廊下に(かみなり)が落ちた。
(ほのお)を上げて廊下は焼け落ちていく。
もう誰も正気(しょうき)ではいられない。

お部屋にも火が(せま)ってくるので、あわてて敷地の奥の方にある離れへ避難なさる。
台所仕事をする離れなので、身分の低い使用人に混ざって、源氏の君も家来も震えていらっしゃった。
混乱と恐怖で泣き叫ぶ声は、雷の音にも負けないほど響きわたる。
空は真っ暗だった。
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