ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜
 両肘をテーブルにつけ手を組み開き、その上に自身の顎を乗せて微笑む愁さん。
 その姿に、見惚れてしまう女性は多いのだろう。
 自分がモテるって自覚していなければ、こういう言葉は出てこない。
 
「ち、違いますよ! 逆に恐れ多いです!」

 声が裏返りそうになりながら、慌てて両手を振って続ける。

「私がライバル店のエースと形だけでもお付き合いだなんて、絶対にうちの父に言えません。今日だって内緒で来てるのに」
「わかった。君のお父さんには絶対に秘密にしよう。僕も君に無理を言っているんだ。そこは、ちゃんと協力するよ」
「それはありがたいんですけど……そもそも、恋人役って必要でしょうか? 課題をクリアすればいいんですよね?」

 私は少し首を傾げて問いかけた。
 形だけの関係でも、周囲には誤解を生む可能性があるし、それが後々面倒になるのではないかと心配だった。
 
「厳格な父に啖呵を切ってしまったからなぁ……。そうだ、天音さんにもメリットがないといけないよね?」
 
 さらっと会話の中に下の名前を入れてくるのも、女性に慣れているのだろうかと勘繰ってしまう。

「そういう問題ではないのですが……」
「シャテーニュのケーキセット、10回分でどうだろう?」

 私が言い終える前に愁さんは得意げな顔で、ぽんと手を叩いて言った。

「くっ……! の、乗ります……!」

 つい食い意地が勝ってしまい、観念して右手を挙げた。
 自分の甘さに苦笑しつつも、これで何とか納得せざるを得ないのだった。
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