ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜

31・祝福のウェディングケーキ

 春が巡り、街の空気がやわらかく色づきはじめた頃──
 大学を卒業して、私は晴れてツアーコンダクターとして働きはじめた。

 初めての職場、覚えることばかりの毎日。
 大学時代に取得していた国内旅程管理主任者の資格を活かして、まずは温泉地や観光都市を巡る国内添乗からのスタートだった。
 実習と実務では勝手がまるで違い、先輩の後ろを必死でついて回ったのが、私の最初の仕事だった。

 忙しい日々の中、会社の研修を受けながら数ヶ月かけて総合旅程管理主任者の資格も取得し、冬には海外ツアーの添乗にも参加できるようになった。
 慣れない国、時間に追われるスケジュール、突然のトラブル──そのひとつひとつが、私を成長させてくれた。

 国内も海外も飛び回り、家に帰るのは週のうちほんの数日しかない。
 だからこそ愁さんとの時間は何よりも大切で、心の支えだった。
 けれど結婚式の準備は、なかなか思うようには進まなかった。
 というのも、愁さんもまた、忙しい日々を送っていたからだ。
 どういうわけか、また雑誌などの取材に応じるようになり、レシピ本の出版までされるようになった。まさに、愁さんの経営するシャテーニュは、飛ぶ鳥を落とす勢いでその名を広めていった。
 それでも休みが重なる日を見つけては、少しずつ結婚式の準備を進めていった。

 式場選び、ドレスの試着、招待状のデザイン、両家の顔合わせ。
 どれもが初めてのことで戸惑うことばかりだったけれど、その時間が、ささやかな幸せだった。

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