ライバル店の敏腕パティシエはスイーツ大好きな彼女を離さない〜甘い時間は秘密のレシピ〜
 家にお邪魔して、応接間に通されると「父を呼んでくるから、待ってて」と、一人になってしまった。
 ソファに座っていいものか迷って、立ったまま辺りを見回す。
 壁には、市内のスイーツコンテストの賞状だけじゃない、世界的に有名な大会の賞状の入った額縁がびっしりだ。背の低い棚にはお菓子関係の本がぎっしり並んでいて、その上にはたくさんのトロフィーが飾られている。
 恋人の家にお邪魔しているというよりも、ライバル店の本拠地に来てしまった気分だ。
 数分して愁さんが戻ってきた。その後ろに、厳しい表情をした謹二さんがいる。
 
「お待たせ。どうぞ座って」

 そう言いながら、愁さんが私の隣に来て促してくれる。
 
「あ、あの、お邪魔しています!」

 謹二さんに向かって慌てて言った後、少し戸惑いながら「……失礼します」と言って、そっとソファに腰を下ろした。テーブルを挟んで、向かい側に謹二さんが座る。腕を組んで、少々不機嫌そうに大声で言った。

「まったく、紹介したい人がいると言うから、誰かと思えば……。ファリーヌのお嬢さんじゃないか!」

 やはり、原因はそれらしい。
 私と謹二さんは、まったくの初対面ではない。去年までのスイーツコンテストでは、会場で挨拶くらいはしていた。
 引退されたとはいえ、お元気そうでなによりだ。
 
「ライバル店の娘さんを恋人になど、どういうつもりだ!」
「仕方ないだろう、す……好きになってしまったんだから!」

 愁さんの様子は、演技とは思えないほど真に迫っていて、その言葉を聞いて頬が熱くなってしまった。
 それと同時に、なんとなく相手が自分で申し訳ない気持ちになる。

「お邪魔して、すみません……。あの、これ、お口に合うといいのですが……」

 言いながら、紙袋から手土産の菓子折りを出す。

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