最後の旋律を君に
律歌の家の前まで来ると、奏希はふと足を止めた。

「ここ?」

「うん。今日は本当にありがとう」

律歌がぺこりと頭を下げると、奏希さんは小さく笑い、「別にいいよ」と肩をすくめた。

そのとき――。

「お姉ちゃん、どこ行ってたの?」

玄関の扉が開き、響歌が不機嫌そうな顔で立っていた。

「……え?」

まさか待ち構えられているとは思わず、律歌は言葉に詰まる。

「ピアノのレッスンだったんだけど……」

「ピアノ? もうやめたんじゃなかったの?」

響歌の鋭い視線が突き刺さる。
その瞬間、奏希さんが一歩前に出た。

「こんばんは。律歌さんのピアノの先生をしている、高城奏希です」

さらりと自己紹介をする奏希に、響歌の表情が固まった。

「た、高城奏希……?」

まるで信じられないといった様子で、律歌と奏希さんを交互に見つめる。

「どうしたの、響歌?」

ちょうどそのとき、律歌の母親と父親が姿を現した。

「おかえりなさい、律歌。……あら?」

「お客さん?」

律歌が戸惑いながら「その……」と言いかけたところで、奏希さんが静かに一礼した。

「初めまして。律歌さんにピアノを教えさせていただいている、高城奏希です」

その瞬間、両親の表情が変わる。

「た、高城奏希くん……? あの、世界的に有名な……?」

「まさか、本物……?」

二人の驚きに、奏希さんはどこか楽しそうに微笑んだ。

「はい、本物です」

両親はしばし呆然としていたが、すぐに顔をほころばせた。

「律歌が、そんなすごい方にピアノを教わっていたなんて……!」

「信じられないな。律歌、いつの間にそんなつながりを……?」

両親の興奮をよそに、響歌だけは納得がいかないようだった。

「なんで、お姉ちゃんが……」

小さく呟くその声が、律歌の耳に届く。

(もう、響歌に何を言われても……私は私の道を進むんだから)

奏希さんが隣で静かに見守っているのを感じながら、律歌はふっと微笑んだ。
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