成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】

恋の条件

「あっつ……」

 じりじりと照り付ける日差しに目を細めながら、真理子はオフィスビルが立ち並ぶ通りを歩いていた。
 ショーウィンドウに映った自分の姿を確認して、セミロングの髪に手をあてる。


「毛先がはねてる。寝ぐせ、直す時間なかったもんな……」

 昨日、数カ月ぶりに友達に誘ってもらって参加した合コン。気合だけは十分だったが、結果は惨敗だった。
 なんとなく良い雰囲気になる周りを横目に、気がつけば真理子は鍋奉行ならぬ、サラダ奉行になっていた。

「途中、店員に間違えられるという、失態までしでかしちゃったし……」

 ここ数年、真理子は浮いた話からは完全に遠ざかっている。
 はぁと大きなため息をついていると、後ろから、あははと楽しそうに笑う声が聞こえてきた。


「真理子さん。さては昨日の合コン、またお世話だけして終わったんじゃないですか?」

 真理子はその声に、ありったけの不機嫌な顔で振り返る。
 予想通り、にやついた顔で立っていたのは、同じシステム部の後輩、佐伯卓也(さえきたくや)だった。

「俺は、真理子さんみたいな人、タイプなんですけどね」

 卓也は、愛想のいい爽やかな笑顔を振りまき、楽しそうに真理子の顔を覗き込む。

「からかわないで! それに、卓也くんが欲しいのは恋人じゃなくて、お世話してくれるお母さんでしょ!?」

 真理子は歩調を早めると、さっさとビルのエントランスを抜けた。

「ひどい言い方だなぁ。じゃあ、そう言う真理子さんが、相手に求める条件って何なんですか?」
「え? 条件?」

 真理子は一瞬躊躇(ためら)って、目線を上に向けた。

「……笑顔で包んでくれる人、かな」

 優しくたくましい男性の胸に、ぎゅっと抱きしめられる様を想像しながら、真理子はぽーっと頬を赤らめる。

「包んでくれる!? 今どきいないでしょ、そんな人」

 卓也の素っ頓狂(すっとんきょう)な声に、即座に現実に引き戻された。

「なによ! 悪い!? ちなみに、もう一つ条件を付けるとしたら“大人の男性”だから。間違っても学生上がりの、チャラチャラしたお子ちゃまじゃないから!」

 真理子は人差し指を、卓也の鼻先に向かって突きつける。
 卓也は肩をすくめて、これ見よがしに、大きくため息をついた。

「おぉ、(こわ)。真理子さん、プログラム画面の見過ぎでお疲れなんですねぇ。真理子さんに必要なのは包んでくれる男性じゃなくて、ブルーライトカットのメガネですね。今度、俺が誕生日にプレゼントしてあげます」
「はぁ!? いらないっつーの!」

 真理子はぷりぷり頬を膨らませながら、エレベーターのランプを見上げた。
 気がつけば、恋愛から遠ざかってもう数年。
 せっかく合コンに誘ってもらっても、結局はお世話役になるのみで、出会いは一向にやって来ない。
 焦る気持ちとは対照に、年々恋愛は不器用になる一方だ。
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